其ノ九 仔猫

 その植え込みの根元に居たのは、痩せて骨と皮しかないような体が、濡れて寒さに震え、目脂めやにのついた鳶色とびいろの大きな一双いっそうの瞳だけが光って居る、一匹の錆柄さびがらの小さな仔猫でした。


「親猫とはぐれてしまったのかな? 可哀想に。これは放って置いたら明日まで生きられるかどうか……」


 春庭様はそう仰ると、一旦行李こうりを物陰に置き、何の躊躇ちゅうちょも無くその仔猫を抱き上げると、着物の袖口で目脂めやにを拭ってやり、


「すまない、この子が濡れてしまうと行けないから、ちょっとだけ傘に入れさせて貰うね」

 と仰ると、私が差して居る唐傘からかさの中に、ひらりと入って来られました。


 恋仲でも無い男女が同じ傘に入るなど、聞いた事も有りませんでしたので、私は戸惑って、思わず顔が熱くなるのを止める事が出来ませんでした。


 ただ、仔猫の身も案じられましたので、そのまま半町ほど歩いて木居家もくおりけの門前までたどり着きますと、そこには帰りの遅い春庭様を、門の外まで探しに出て来た春庭様のお母君ははぎみである奥様が、傘を差して立っていらっしゃったので御座います。



来週に続く

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