其ノ七 行李

 行李こうりを取りに東屋あずまやに入りますと、春庭様は行李こうりから手拭てぬぐいを取り出し、雨粒と汗をぬぐわれました。


 先刻せんこく、先生に言われて慌てて家を出ましたので、あいにく唐傘からかさは一本しか持って居りませんでした。そこで私は、

「あのう、この傘をお使い下さい。私は走って帰りますので」

 と春庭様に申し上げて傘を差し出しますと、

「そんな事をしたら、お優が濡れて風邪かぜを引いてしまう。そうだ、良い事を考えた」

 春庭様はこう仰って行李こうりから『紫文要領しぶんようりょう』の本を取り出され、

「これは、濡れない様にお優のふところにしっかり仕舞って置くんだよ。私はこの行李こうりをこうして頭に載せれば、何とかなるさ」


 春庭様は御本ごほんを私の手に渡し、もう片方の手に一本しか無い唐傘からかさを押し付けると、ご自身は行李こうりを頭に載せたまま、雨の中を歩き出されたのでした。



明日に続く

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