其ノ四 竹林

「おい! 春庭。そんなもんか。もっと本気で掛かって来んか!」


 ざあざあと更に強くなる雨音の中、神社の境内けいだいの隅の竹林ちくりんの方に少し開けた広場に、竹刀しないを手にした神陰無念流しんかげむねんりゅう 免許皆伝めんきょかいでん、城下一の剣の達人と名高い藤堂平三郎とうどうへいざぶろうの声が響き渡りました。


 私がその声のする方に駆け寄りますと、手や足にあまた竹刀しないで打たれたあざの有る春庭様が、負けん気と殺気をみなぎらせた目で藤堂を睨み返し、

「何のこれしき、もう一本!」

 と言って崩れた体勢を立て直し、降りしきる雨など物ともせず、相手に食って掛かって行くご様子が目に入りました。


 普段は万事もの柔らかな春庭様の、そうした見慣れぬ真剣なご様子に、私は直ぐにはお声を掛ける事が出来ず、少しの間、拝殿はいでんひさしの影からお二人の剣術の稽古のご様子を見守って居たので御座います。



来週に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る