其ノ二 唐傘

「遠方からのお客人が今夜お帰りになるのだが、私のあらわした源氏物語の注釈書『紫文要領しぶんようりょう』をぜひ借りて帰って写し、地元に広げたいと申されてな。


 ただ、あれはまだこの世にたった二冊しか無い本で、一冊は私の書いた原本で、これを客人にお渡しする訳にも行くまい。もう一冊の写しの方は、恐らく春庭が学問所にでも持って行ったんだろう。あれが無いとどうにもならん。


 お優、雨の中済まないが、お客人が帰られる前に、急ぎ春庭を探して来てくれないか」


 先生はそう仰って私に唐傘からかさを一本差し出されると、そそくさときびすを返し、

「いやいや、お待たせしてしまって申し訳ございませんな。今、せがれが本を持って参ります。ご挨拶もさせたいし、もうしばらくお待ち頂けますかね」

 と客間に向かって仰りながら、お客人の元へ戻って行かれました。



明日に続く

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