中編上 もののあはれ

其ノ一 蝿帳

 それから一月ひとつきほど後の、ある小雨の降る夕方の事に御座います。


 私お優が木居もくおり家のお勝手で夕餉ゆうげ支度したくをしておりますと、

「お優、ちょっと急ぎの用じゃ」

 と先生が、手招きして私をお呼びになりました。


春庭はるにわの奴、今時分どこをほっつき歩いて居るのだ。お優、心当たりは無いか?」

 先生がこうお尋ねになりましたので、

「いえ……。そう言えばこの所、毎晩帰りが遅う御座いますね」

 とお答えしました。


 確かに私が先月、御学問所でお見掛けした竹刀しないの立ち合いの日以来、春庭様はこのところ毎晩お帰りが遅く、夕餉ゆうげもおぜん蝿帳はいちょうを張って置いた冷めた物を、夜半にお一人でお召し上がりになって居らっしゃったご様子だったので、私も気に掛かって居りました。



明日に続く

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