其ノ十五 高下駄

「勝負有り、とどろき源之丞げんのじょう!」


 立会人たちあいにんの若者が手を振り下ろすと、勝負は決した様で、学問所の見物人達はばらばらと、それぞれの講堂や道場に散って行きました。


「春庭様、ご無事に御座いますか? お怪我は?」


 満身創痍まんしんそういとなり、いまだ立ち上がる事すら出来ずに居る春庭様は、さらし木綿と膏薬こうやくを持って私が石段を駆け降りて来たのを見ると、情けない姿を見られたく無いのか、こちらを見ずに顔を伏せ、普段はとても穏やかなお方が、いつに無く悔しさに声を震わせながら、

「いや、お優、これくらいの傷、自分で治せる。良いからお優は自分の仕事に戻って……」

 と仰いました。


「へええ、若先生わかせんせい女子おなごに助けてもらうなんざ、情けねえなあ! 

 そうでしょう? 藤堂とうどうさん」


 とどろき源之丞げんのじょうと呼ばれた例の大男は、八寸はっすんは有ろう巨大な両手をばんばんと鳴らし、勝負の前に脱ぎ散らかした、ちょっとしたかわらぐらいの幅と厚みのある巨大な高下駄たかげたいかつい足を入れ、藤堂さんと呼ばれた、細身の立会人の若者に話し掛けました。



来週に続く

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