其ノ十四 膏薬

「おう、そうだ。春庭だな」

 先生は特に驚かれたご様子も無く、楽しそうに若者たちのやり取りを、石垣の上から見守っていらっしゃいました。


「あの、でも……。ひたいからあんなに血が出て」


 私が心配して先生にこう申し上げますと、

「ああ、あれか? 私の見る所、大した傷では無い。しかしまあ、あの大男の言う事も、至極しごくもっともだな。医者は足腰が大事、相違ない。

 ははは。春庭も男だ、これくらいの傷は何とも無かろう」


 先生は笑ってこう仰ると、すぐ脇にあった眺望の良い腰掛けに腰を下ろされました。


 先生はそう仰って居りますが、私は春庭様が心配で、居ても立っても居られずに、先生にこう申し上げました。

「先生、奥方様おくがたさまとのお約束の刻限までには、確かまだお時間が御座いましたよね? 

 わたくし、春庭様のご様子を見に行っても宜しいでしょうか?」


 私は大慌てでけ荷物を開けると、包帯用のさら木綿もめんと切り傷に効く膏薬こうやくを掴んでふところに入れ、近道の石段を探して、学問所の広場の方に駆け降りて行きました。




明日に続く



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