其ノ七 香

「はあ……、何という名のこうなのだ、扇面せんめんから漂って来る、この甘やかな悩ましい香りは。」


 鈴本朖すずもとあきらはその扇子を四ツ井よつい高蔭たかかげの手から自分の手に奪い取ると、手加減無く乱暴に、その高価な扇子を大きく開いて自分の油ぎった鼻に近づけ、夢を見るような目で、そこに焚きしめられたこうの香りを聞きました。


「鈴本さん! お願いですから、乱暴に扱わないで下さいよ。」

 と春庭様があきらから扇子を取り返そうとなさると、あきらはまじまじと扇子の細部を観察しながら、

「お前が何も話してくれんからだろう。またまた、秘密主義を気取りおって。」


 あきらがこう言いながら、ふざけて扇子の親骨おやぼねをへし折る真似をし始めたので、春庭様はとうとう溜まりかねて、このように仰ったので御座います。


「いや、だからこれは丸御殿まるごてんの姫のうち、どなたかが私にたまわって下された物なのです。」



明日に続く

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