其ノ五 目差し

「では……。ここにお食事を置いて置きますね。」


 私お優はこう言って、母屋おもやから運んで来た、焼いた目差めざし一本と汁物、小松菜のお浸しの載ったおぜんを、狭い書生しょせいで若い殿方達が騒がれておいででしたので、ひっくり返らぬよう、部屋の隅の方に置きました。


「なんだ、また目差しかあ。」

 鈴本朖すずもとあきらがお膳の中身を見てこのように文句を言って居ると、背後から大きな咳払いが一つ、聞こえて参りました。


「んおほん! 鈴本君すずもとくん、文句が有るなら食べなくても宜しい。

 尾張おわりきっての秀才が、あの名門、明倫堂めいりんどうへの入学を断って、是非とも私のもとで学問したいと言うから、この家に置いてやっとると言うのに。

 そう言えば君の『活語断続譜かつごだんぞくふ』、あれは着想が本当に面白い。どうだ? 執筆は進んで居るのか?」


 離れでの騒ぎの声を聞いた木居宣長もくおりのりなが先生が、様子を見に書生の間に現れ、鈴本朖すずもとあきらにこんな事を仰いました。先生の言葉は厳しいけれども、その目は笑って居りましたので、あきらはぽりぽりと、頭垢ふけの有るぼさぼさ頭を掻きながら、決まり悪そうにして居りました。


「おや、面白い女物の扇子が有るじゃないか。ちょっと見せなさい。」

 先生は興味津々で、例の扇子を手に持っている、四ツ井よつい高蔭たかかげにこう仰いました。



来週に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る