其ノ四 朧月夜

「ちょと、鈴本すずもとさん! めて下さいよ。人の物を勝手に。」


 春庭様は、鈴本朖すずもとあきらが手に取った、見事な女物の扇子せんすを取り戻そうと懸命に手を伸ばしましたが、あきらはそれを上手くかわし、その扇子を四ツ井よつい高蔭たかかげの手に渡しました。


 春庭様とあきら高蔭たかかげは年齢も近く、普段から仲の良い悪友同士と行った具合で、高蔭たかかげもこの状況を面白がって居る様子で、くだんの扇子をはらりと開いて皆に見せたのでした。


 その扇子は、高価な一枚漉いちまいすきの和紙を使い、かなめの留め金にはきんを使って居る様でした。扇面は桜色の濃淡の諧調かいちょうが美しく、左半面の色の濃い方には霞んだ有明の月が浮かび、それを水に映している上品な絵柄の上に、聴色ゆるしいろで散らすように、桜の花びらも描かれておりました。


 城下一の豪商の息子、四ツ井よつい高蔭たかかげはその価値をすぐに見抜いただけで無く、扇子のおもてに書かれた流麗な女文字おんなもじをも見逃しませんでした。



 朧月夜おぼろづきよに似るものぞなき



 扇子の右側には、貴女きじょがものしたと思われる、やんごとなく流れる様なお筆跡で、こう書かれて有ったのでした。




明日に続く

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