其ノ三 扇子

 丁度その時に御座います。


「お、おい、高蔭たかかげ! 見ろよ、この見事な女物の扇子せんすを。」


 鈴本朖すずもとあきら春庭はるにわ様の文机ふづくえの引き出しの中から見つけ出したのは、探して居た本では無く、城下の普通の店ではまず見かける事のない、親骨おやぼねには白檀びゃくだんを使い、めんには上品な香を焚きしめ、かなめには小さな銀製の房がさりげなくげられて居る、まさに貴婦人の持ち物と思われる、美しい一本の京扇子きょうせんすだったので御座います。


「春庭の奴、くそ真面目な堅物かたぶつだとばかり思っとったが、こりゃあ何だ。隅に置けねえなあ。

 おおい! 春庭ちょっと来い! 話だ、話が有る。離れまで来い!」


 あきらは、元々大きなだみ声の持ち主でしたが、それが声を張り上げて大騒ぎを始めたものですから、ちょうど母屋おもやの居間で夕食を終えられたばかりの春庭様も、堪らず離れの書生しょせいの方まで駆けつけたので御座います。



明日に続く

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