其ノニ 膳

「まだまだ寒いなあ、もうすぐ桜も咲くと言うのに。ああ、とにかく腹減った。」


 鈴本朖すずもとあきらは指で挟んで居た自分の鼻毛を、指先にふう、と息を吹き掛けて四ツ井よつい高蔭たかかげの顔に向けて飛ばすと、高蔭たかかげはそれをけつつ、

「おまっ、人に汚ねえ鼻毛を飛ばすな!」

と叫ぶと、また読み掛けの黄表紙きびょうしに目を落としました。


「そう言やあ春庭はるにわ、あんのあほたわけ、俺の写した荻生徂徠おぎゅうそらい先生の『論語徴ろんごちょう』をどこに持って行きやがった。この引き出しか?」


 あきらは立ち上がりもせず本の山を掻き分け、高蔭たかかげが持っている黄表紙きびょうしと、高蔭たかかげの膝の間から手を伸ばし、春庭の文机ふづくえの引き出しに手を掛けました。


 ちょうどその時、私お優は両手にぜんを持ち、書生しょせいに夕食を運んで来た所で、入口のふすまに向かって、

「失礼します。」

と声を掛けたのでした。



明日に続く

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