第二帖 花宴

前編 花の扇

其の一 書生の間

「おい、高蔭たかかげ、知っとったか? 鼻毛って言うのはな、こう、火鉢ひばち暖気だんきに当たるとだな、周りの気に乗って、ふわふわふわあ、とこう舞い上がるんだよ。面白おもしれえだろ?」


 季節は早春、木居もくおり家の離れの十畳の書生しょせいには、居候いそうろう尾張おわり出身の鈴本朖すずもとあきらが、半紙本はんしぼんやら美濃本みのぼんやらがうず高く積まれ、写し損じの紙類のあまた取り散らかる中、不精髭ぶしょうひげを口元とあごに蓄え、着替えも面倒なのか、いつもの一張羅いっちょうらの汗臭い着物を着て、ごろ寝をしながら火鉢ひばちの上に、抜いた自分の鼻毛をかざし、江戸日本橋に大店おおだなを持つ大富豪の息子、四ツ井よつい高蔭たかかげにこんなことを呟きました。


 書生しょせいと申しましても、ここは木居宣長もくおりのりなが先生が十年ほど前、ご長男の春庭はるにわ様の七つの祝いの為に、家の敷地の離れに勉強部屋として増築したもので、そこに春庭様の若い御学友やら、先生の門人たちが、知らず知らずのうちにたむろうようになり、いつしか家のものらにも、「書生しょせい」と呼ばれるようになったのだそうです。



来週火曜日に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る