其ノ十五 空蝉


  空蝉うつせみの はにおくつゆの木隠れて

  しのびしのびにるる袖かな


 私はそのれた懐紙かいしに書かれた和歌を見て、涙が止まりませんでした。嗚呼ああ、おまささん、何も川に身投げなどせずとも良かったものを……。


 私は、死してなお寄り沿い合おうとする若い二人の様子を、見ている事も辛くなり、捜索の時、がけの入り口の木の根元に抜け殻の様に落ちて居たと言う、健吉のおばば様が丹精込めて織った花嫁衣装の生白きじろの木綿の打掛うちかけを、そっとおまさの顔と肩に掛けました。


「人柄の良い、心映こころばえの優れた娘さんで有った……」


 先生はそう言うと、誰に聞かせるでも無く、ぽつりとこう呟きました。



  空蝉うつせみの身をかへてける 木のもとに

  なほ人がらのなつかしきかな




  第一帖 空蝉 完

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