其ノ十四 脛

 先生は、言葉を選ぶ為少し考えてから、川辺の松の木のもとに身を横たえて居るおまさの襦袢じゅばんすそを開き、その白いすねに有る、人の爪で掻かれた様な発疹ほっしんを、健吉にお見せになられました。


「先刻、あなたがここに来る前に、遺体を隈なく見させてもらった。

 健吉さん、この発疹ほっしん梅毒ばいどくでは無い……。蕁麻疹じんましんだ」


蕁麻疹じんましん!?」

 健吉は刮目かつもくして先生の顔を見つめ、こう叫びました。


「恐らく、廓医師くるわいし診立みたてが間違って居たのだろう。蕁麻疹じんましんは時々かゆみは出るが、気長に付き合って居れば、決して命に関わる病では無い」


「そんな……。何て、何てこと」


 健吉は、先程から枯れる程涙を流し続けて居たと言うのに、体の奥底から、泉の様にまた涙が溢れ出て来て、おまさの遺体に取りすがり、嗚咽おえつと共に慟哭どうこくしました。


 その時、健吉は右の手の力が抜け、それまでぎゅっと握り締め続けて居た、かつて成香屋なりきょうや張見世はりみせ格子こうしの隙間から、おまさが健吉に落として寄越した、あの和歌の手習てならいの紙を、ぽとりと土の上に落としたのでした。



明日に続く

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