其ノ十三 清流

 村人達は、遺体を運ぶ為の大八車だいはちぐるまを取りに、一旦いったん村へと戻りました。


 残された先生と健吉と私は、ただ黙って茫然と、見るもの全てを圧する様な、怖いほど美しい渓谷の紅葉こうようと、昨夜からの濁流だくりゅうを押し流し切って、今は青碧色せいへきいろけがれなき清流に戻っている櫛見川くしみがわのせせらぎを、見るでもなく眺めて居りました。


 そうして半刻はんときほど過ぎ、いつの間にか日も高く昇り、悲しみに打ちひしがれてひとしきり泣き、もう流す涙も枯れたと思われた頃合いに、健吉はぽつりと、先生にある事を尋ねました。


「先生、口入くちい権三ごんぞうさんが言っていた事……、おまさは、おまさは本当に、梅毒ばいどくかかって居たのでしょうか?」


 そう言いながら、健吉はゆっくりとした所作で、生前におまさがくれた藍色あいいろ千筋織せんすじおりの財布を、おまさの動かぬ手の上に置かれた揃いの懐紙入かいしいれの上に、重ね合わせる様に置いたのでした。



来週火曜日に続く

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