其ノ十一 伊達締め

 私は先生の御診察の為、横たわった女の着衣ちゃくいを取ろうと、水流に激しく揉まれても尚、まだほどけ切れては居ない伊達締だてじめを外しました。

 するとそこには、健吉の財布と揃いでおまさが作った、あの千筋織せんすじおり藍色あいいろ懐紙入かいしいれが、大切そうに伊達締だてじめの間に挟んで有ったので御座います。


御臨終ごりんじゅうです。」


 先生はおまさのみゃくを取り、それが確かに無い事を確かめると、静かにそう呟きました。


 先生は、何とも言えない沈痛の表情を浮かべ、先程みゃくを取った、もう二度と動く事のないおまさの左手を静かに体の腹部に置き、もう片方のすでに冷たくなっている右手を、その左手の上に重ねると、その仏様に、静かに手を合わせました。


 私は、今この場で起こって居る状況を、とても飲み込む事は出来ませんでしたが、先生と共に、おまさの遺体に向き合い、只々手を合わせるよりほか出来ませんでした。


 その時に御座います。


 此処ここよりも更に下流の方を捜索して居た健吉が、先生、先生と叫びながら、この松の古木こぼくの根元の、浅瀬の砂地に辿たどり着きました。



明日に続く

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