其ノ九 古木

 それから、皆で懸命におまさを探し、一刻いっときほど経った頃でしょうか。


「おうい! おうい! 居る、何か。蛇滝へびたきの少し下流の浅瀬に、ああ何だか、白くて、黒い物が。」


 櫛見川くしみがわの、村より下流を捜索して居た村人の一人が、叫ぶ様な、怯えて泣く様な大声で仲間を呼びました。


 その声は川原じゅうに木霊こだましましたので、滝の周りを探して居た私お優と先生の耳にも、声のした現場より更に下流を、繁ったあしを掻き分けながら探して居た健吉の耳にも届きました。


 発見者の村人が蛇滝へびたきの方を見上げると、ごつごつとした大岩の裂け目から、激しい水流が落ち、岩場になって居る滝壺たきつぼには、昨夜の雨で増水した濁流が、うずを巻いて病葉わくらばを呑み込んで行くのが目に入り、もしここから人が落ちたのでは、一溜ひとたまりもないなと想像すると、恐ろしさで、立って居られないほど膝が震えました。


 この村人の言う、白くて黒いもの、と言うのはどうやら人のようで、川原の松の古木こぼくの、ごつごつとした大きな根に絡まって、折れる様な形で広がって居りました。



明日に続く

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