其の八 一縷

 近くを探して居た健吉が駆け寄って来て、その白い鼻緒はなお草履ぞうりを目にした時、目の前が真っ暗になり、その場にひざから崩れ落ちました。


 揃えられた草履ぞうり……。こんなものが見つかってしまったのでは、口入くちい権三ごんぞうが言っていたように、おまさが自分からがけに身を投げたと言うのが真実なのか。俺はそんなことは到底受け入れられはしないが、もしそうだとしたら……?


 健吉は感情が錯綜さくそうして叫び出したくなるような気持ちを抑えながら、しばし呆然とその草履ぞうりを眺めて居りました。


 いや、おまさはきっとどこかで生きて居る。生きて居てもらわねばならない。もし生きているのなら、たとえ昨夜ゆうべ一時いっときの感情で、自らの命を投げ出したのだとしても、夜が明けて正気を取り戻し、今は必ず我々の助けを求めているに違いない。 ただ生きて居てくれさえすれば……。もしやまいかかっているのなら、共に戦うまでだ。


 健吉はそう考えて一縷いちるの望みを繋ぎ、がけ近くの木の根元で見つけたおまさの生白きじろ打掛うちかけほおに押し当て、ふところから、あの暑い夏の日に、成香屋なりきょうやの前でおまさに貰って以来肌身離はだみはなさず持ち続けて居た、空蝉うつせみの和歌の書かれたれた懐紙かいしを取り出し、おまさの無事を強く祈って握り締めたのでした。



来週に続く

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