其ノ六 物陰

昨夜ゆうべ、まさきち……、いやおまさは、自分が梅毒ばいどくかかったのを苦にして、このがけから身を投げたのかも知れない」


 それを聞いて、村人達は口々に驚きの声を上げました。


梅毒ばいどく……。梅毒ばいどくって一体どう言う事ですか? おまささん、昨日はあんなにお元気そうだったのに」

 と、私お優は口入くちい権三ごんぞうに聞き返しました。


「いやあね、実は俺が口入くちいれしてやった置屋おきやで夏頃、廓医師くるわいし診立みたてが有って、おまさは客から梅毒ばいどくをうつされたって言われちまいましてね。

 置屋おきや女将おかみが、厄介払やっかいばらいに、安くても身請みうけしてくれる男は居ないかってんで、健吉に身請みうけの話が……。昨夜ゆうべ遅く、正太郎さんとそんな話をして居たのを、おまさが物陰ものかげからうっかり聞いちまったのかも知れない……」


 権三がこう言ったので、私は健吉の方に向き直し、

「健吉さんはこの事、ご存知だったのですか?」

 と尋ねました。


 健吉は、事の急な成り行きに只々ただただ戸惑い、放心した様な表情で、首を横に振りました。


「そんな……。そんな大事な事を、何故始めから健吉さんとおまささんに話して置かなかったのです!」

 私は怒りに任せて、大きな声で権三にこう言ったのでした。


明日に続く

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