其ノ十 急須

 先生は和歌もたしなむほか、源氏物語の、著者紫式部むらさきしきぶが書き記さなかった部分を、ご自分の想像で補った小説を書かれた事もある様なお方ですので、紅葉の盛りに美しい村で行われる祝言しゅうげんに参列し、若い二人の恋の行方を見守って見たいものだ、とご興味を持たれたご様子でした。


「そう言えば、お優。山野村の……、何と言ったかな、あの、前に足を折ったこわっぱ、あれをそろそろてやらにゃあならん頃合ころあいじゃったな。」

 と先生はこんな風に仰いましたので、

「はいそうでした。では、来月のの日、ご予定を入れて置きましょう。」

 私はそう言って、先生の暦帖こよみちょうに予定を書き付けました。


 健吉が、野菜の入った天秤を元気良く担いでみせを後にすると、私は、ああ健吉が幸せそうで何より、ただ少し気掛かりなのは、先月先生と私がおまさの居る妓楼ぎろうの前を通り掛かった時には、彼の持ち金ではとてもおまさを身請みうけ出来ないと、店の主人らしい老婆に足蹴あしげにされて居た健吉が、どうしてまた急に、妓楼ぎろうからおまさをす事が出来たものでしょうか? 


 私は急須きゅうす湯呑ゆのみを片付けながら、ふとそんな風にも考えてしまったのでした。



明日に続く



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