其ノ十一 神無月

嗚呼ああ……。見事なものだな。」


 先生は、山野村やまのむらの西側に有る川沿いの渓谷けいこくに立ち、べにはもちろん、黄や茶、しかもその濃淡が複雑に配色された、まるで絵画かいがの様な、いや、それよりも見事な山野村の紅葉こうようを目にされました。


 先生は、しばらくはそれ以上言葉も出ないご様子で、激しい流れに削られて出来た岩壁に挟まれた、青碧色せいへきいろの川の流れにひらひらと舞い落ちる病葉わくらばに、人の世の移ろいや、もののあはれをお重ねになっていらっしゃる御様子でした。


「ああ、この様な山奥に、何と見事な紅葉こうようだろう。これに人の手が加わって居ないなら、差配さはいして居るのは、神々なのだろうか。」


 先生がこのような言葉を口にされましたので私は、今は神無月かんなづきですけれども……と心の中で呟きましたが、もし今その手の話題を切り出せば、出雲大社いづもたいしゃとここ伊勢の地の縁起についての御講釈ごこうしゃくが延々と始まってしまいそうですので、その言葉は私の心の中に仕舞い込みました。


「さあ、そろそろ参りましょう。健吉さんの祝言しゅうげん刻限こくげんが近づいて居りますので。」

 とだけ、私は先生に申し上げました。



木曜日に続く



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