其ノ七 祝言

「たかなー、あかなー、こまつなー。」


 まだ残暑厳しい長月ながつきのある朝、木居家もくおりけの有る魚町うおまち小路こうじには、いつもの様に、野菜売りの棒手振ぼてふりの健吉の口上こうじょうが響いて居りました。


 木居家もくおりけで医者修行兼、台所などの下働きの奉公をさせて頂いて居ります私お優は、今日も女中頭じょちゅうがしらのお富さんに命じられ、健吉の所から野菜を買おうと、玄関から行商の健吉に声を掛けました。


「あ、お優さん、毎度どうも! 本日はどの野菜になさいます?」


 何か良い事でも有ったのか、今日の健吉の声は、いつもより心弾んで居る様に聞こえましたので、

「今日は何時いつにも増して、声の張りが良いわね。何か良い事でも有りました?」

 と健吉に聞いて見たところ、

「お優さん、良くぞ聞いてくれました!

 実は俺、この秋に祝言しゅうげんげる事になって……。」


 ちょっとはにかみながら、でもとても嬉しそうに健吉がこう言いましたので、

「え? 祝言しゅうげんって……。まあ、何とお目出度めでたい事!」

 と、私は少し大きな声で驚いてしまったのでした。



明日に続く

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