其ノ六 梅毒

「あのむすめの全身を隈無くまなたが、体のあちこちに発疹ほっしんが有って、俺の診立みたてじゃあ、ありゃあ、梅毒ばいどくだね。」


 権太夫ごんだゆう遣手婆やりてばばのお秀に出された茶菓子を、手掴てづかみで一口で平らげると、菓子切かしぎりを楊枝ようじ代わりに使い、黄ばんだ前歯をシーシー言わせながらこう言いました。


「何だって!?」

 お秀は驚いて、思わず大きな声を上げましたが、外に聞こえてはまずいと思い直したのか、声音こわねを下げてささやく様にこう続けました。


「あんた、間違いは無いんだろうね? ああ、梅毒、ありゃあ厄介だ。なんと言っても治すすべが見つかって無いんだから。放って置いたら耳も鼻も落ちて気もれ、さんざんに苦しんだ挙句、しまいには命を落とすと言う。当然だが、そんな娼妓こどもが一人でも出たと噂になったら、店はあっという間に閑古鳥かんこどりさ。商売上がったりだ。」


 お秀がこう言うと、廓医師くるわいし権太夫ごんだゆうは、

「まさきちの男は九平次くへいじだろう? ありゃあ、江戸や旅先で相当遊んで居る男だからな。うつされたって何の不思議も無い。まあ、こちとら商売だ。あんな金払いの良いお大尽だいじんを手放す訳には行かねえだろうが、かかっちまった女子おなごの方は、とっととどっかに安く叩き売っときゃあ良いさ。」


 医者の癖に、まさ吉を不治の病と診立みたてておいて、何の治療の手当ても講じず、微塵の痛みも感じぬ様な涼しい顔で、権太夫ごんだゆうはお秀にこう言い放ちました。


「あい分かった。まさ吉を連れて来た口入くちい権三ごんぞうを呼んで、話して見るとするか。まあ、この事はくれぐれも、口外こうがいせぬ様に。」


 お秀はそう言って、権太夫ごんだゆうに診察代に口止め料を乗せたがく一分銀いちぶぎんを手渡すと、

「へへえ。」

 と黄色い八重歯やえばをニヤつかせて、ぜにひたいの高さまでかかげて会釈えしゃくをすると、権太夫ごんだゆうはそそくさと、お秀のひかえのを後にしたので御座います。



明日に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る