其ノ五 前歯

 成香屋なりきょうやのお抱え医師、権太夫ごんだゆうによる遊女の診察が一通り終わり、権太夫ごんだゆう遣手婆やりてばばのお秀の控えの間に呼ばれ、出された茶を飲みながら、お秀と何やらひそひそ声で話をして居りました。


 こうした置屋おきやでは通常、遊女の身の上に関する事は、仲介をした口入れ屋と置屋おきやの経営者の算盤勘定そろばんかんじょうが先に立ち、遊女本人が自らの身の振り方を決める事は有りません。病気や体に関する重大な事で有っても、医者は本人にでは無く、先ず置屋おきやの主人に話を通すのが、この世界の筋で御座いました。


「あの、まさきちと言う近頃初出はつだしの新造しんぞう、あれはちょっとまずいかも知れませんぜ。」


 権太夫ごんだゆうは、若い時の喧嘩で前歯の欠けた下品な口元から、何やら深刻そうな話を、お秀に切り出したので御座います。



明日に続く

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