其ノニ 抜け殻

「身代わり……」


 そうか、こうして歌の上の句で私にその事を知らせたならば、万が一紙を落としでもして九平次に見つかってしまったとしても、只の遊女の手習いの紙切れだとでも言い逃れが出来るだろう、おまさはそう理解しました。


 染太郎姐そめたろうねえさんの意図を汲み取った聡明なおまさは、ただ無我夢中で、物語の中で空蝉うつせみの君がそうしたように、外に羽織って居る、桃色の地に大柄の牡丹ぼたんが染め抜かれて居る打掛うちかけから身をよじって抜け出し、中に着ている単衣ひとえ衣擦きぬずれの音も限りなく抑え、九平次に気付かれぬよう気配を消して、染太郎姐そめたろうねえさんの待つ衝立ついたての裏まで辿り着きました。


 脇息きょうそくに寄り掛かってうたた寝している九平次の元には、まるで抜け殻の様に桃色の打ち掛けが一枚残されました。衝立ついたての所に居る染太郎姐そめたろうねえさんは、暗闇でその表情は読み取れませんでしたが、おまさの顔を見て一つ頷き返すと、小さな手燭てしょくの炎を吹き消し、男の待つ闇の中に消えて行きました。




明日に続く

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