中編 祝言

其ノ一 人差し指

空蝉うつせみの身をかへてける木のもとに。

 これは……。空蝉うつせみの歌。」


 闇の中で何者かが、木製の衝立ついたての二つのあしの間から差し入れた紙に書かれた和歌の文字を見たおまさは、それが、いつだったか染太郎姐そめたろうねえさんが手習いで教えてくれた歌のかみであると気が付いたのでした。


 光源氏とは身分が釣り合わない事を嘆いた空蝉うつせみの君が、ころもを一枚残して逃げて、別のおなごを身代わりにしたと言うあのお話……。


 あ、身代わり!


 合点がてんが行ったおまさは、打掛うちかけすそを引いたおなごが手に持って居た、小さな小さな手燭てしょくあかりを頼りに目を凝らすと、そこには寝化粧ねげしょうを済ませ、襦袢じゅばん一枚の姿で、おまさに何も言葉を発するなと言うように、唇に人差し指を立てた仕草の染太郎姐そめたろうねえさんが、衝立ついたての後ろに座って居たので御座います。



明日に続く

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