其ノ二十一 脇息

 泥酔している九平次は、ここに至ってはもうほかの邪魔者達は消えた、あとはこの生娘きむすめを、煮るなり焼くなり好きに料理するだけだと思ったのか、接吻せっぷんを交わした後、その先の事には及ばず、脇息きょうそくに崩れる様に寄り掛かり、一旦うとうとと船を漕ぎ始めました。


 その時に御座います。


 おまさの居る広間の衝立ついたてあしの間から、何者かがおまさの桃色の打ち掛けのすそを引いたのでした。


 おまさは、ああ、これは遣手婆やりてばばのお秀だろう。どうせ、お前は大事なお客に粗相をしたとか言って小言を喰らうのだろうな、と思って居りましたら、衝立ついたてあしの間から、すっと一枚の紙が差し込まれて居るでは無いですか。


 おまさは九平次が良く眠って居るのを確かめてから、恐る恐る、闇の中で目を凝らしてその紙を覗くと、そこには優美な筆跡で、ある歌の上の句が書かれて居りました。


 空蝉の身をかへてける木のもとに



次章に続く

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