其ノ十九 絶望

 夜も更け、たけなわだった宴席も、もうお開きの時間になって居りました。他の酔客もとうに引き上げ、九平次くへいじのお付きの若い者の姿も、いつの間にか何処かに消えて居ました。

 染太郎姐そめたろうねえさんは仲居の富久春ふくはるに手を引かれ、ちらりとおまさの方に目を遣り、気に掛けては居たものの、 遣手婆やりてばばのお秀が居る手前、おまさに何の手助けもできぬまま、衣擦れの音も密やかに、しずしずと自分の控えの間に退がって行き、お秀は、嫌らしく顔に刻まれた深い皺を眉間に寄せ、黄色く濁った目で九平次に何やら目配せをした後、店の若い者に命じて広間の隅に二組の布団を敷かせると、行燈あんどんの明かりを消して広間から出て行きました。


 とうとう九平次と二人きりで広間に残されたおまさは、絶望に打ちひしがれ、九平次に膝をさすられるがまま、ただ祈る様な気持ちで、健吉と揃いで作った懐紙入かいしいれの有るふところの辺りを、右手でぎゅうと押さえて居たので御座います。



明日に続く

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