其ノ十八 篦

 おまさは思わず、腐った糠床ぬかどこを嗅いだ様な顔でその牡蠣だけを口に入れ、酒臭い息を吹きかけながら自分の顔に寄せて来る九平次の唇の方は、どうにかしてけ切りました。

 すると今度は九平次は、桃色の地に大きな牡丹柄ぼたんがらを絵付けした、若々しい意匠いしょうのおまさの打ち掛けのつまめくると、汗ばんだ手で馴れ馴れしくおまさの膝をさすって来ました。


 この日のうたげには、遣手婆やりてばばのお秀、仲居の富久春ふくはる染太郎姐そめたろうねえさんなど他の大人も居りましたが、以前もよおされた九平次のうたげの時は、まあまあ、と言って九平次の手を止めてくれたのに、今日は皆、何故だか訳知わけしり顔で、誰一人九平次の狼藉ろうぜきを止める大人は居りませんでした。


 おまさは、万事休ばんじきゅうす、嗚呼ああ、今夜限りで私は生娘きむすめでは無く、他のねえさんたちと同じ様に、張見世部屋はりみせべやで客を取る遊女になってしまうのか。もしそうなってしまったら、さとの健吉はどう思うだろう……?


 おまさは、今此処ここに有る何か、そうだ牡蠣を割るこの真鍮しんちゅうへらで、いっその事この胸を突けば良い……、と思ったものの、そのへらは鈍い光を放ってはいるものの、それ程尖っては居なかったので、本懐を遂げる事は叶うまい、と諦めたのでした。



明日に続く

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