其ノ十五 棒紅

「……」


 染太郎姐そめたろうねえさんに図星を突かれて、おまさは二の句が継げませんでした。


「ふうん。子供の飯事ままごとじゃあ有るまいし。

 この薄汚れた世界じゃあ、あんな貧乏そうなさとの男にみさおを立てて居たって、何の意味も有りはしない。今に客の男への線香代せんこうだいの立て替えや、湯注ゆつへのツケ払いの借金でがんじがらめに成るだけさ。借金地獄に落ちる前に、金持ちで女房も居る大店おおだなの旦那にでも、高い値でとっとと身請みうけされたらおんだよ」


 染太郎姐そめたろうねえさんの話を聞いて、おまさの目からは大粒の涙がほろほろと落ちて来て、若い新造しんぞうらしく目元にさりげなく引いた棒紅ぼうべにが、白粉おしろいに混じって酷く滲んで行きました。


 それを見た染太郎姐そめたろうねえさんは、

「ふん、泣いたってどうしようもない。恨むならあんたを売った親を恨むんだね」

 染太郎姐そめたろうねえさんはおまさの痛みが分かるのか、横を向いてその涙から目を逸らしました。


 言葉は乱暴でも、おまさを見るねえさんの目は、同情なのか憐れみなのか、それとも自身の若い頃を思い出したか、深い悲しみに満ちて居る様に、おまさには見えたのでした。



連休明けに続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る