其ノ十三 詰問

 おまさは、もしこの人に本当の事を知られたら、遣手婆やりてばばのお秀に伝わり、健吉がまたどんな酷い目に遭うやも知れぬと思い、

「あの手習いの紙は……、何でも無いんです。」

 と恐々こわごわ染太郎姐そめたろうねえさんに言うと、

「何でも無いもんか。さっきおかあさんに、虫けらみたいに門前払いされてたあの若いの、あれはあんたが残して来たさとの男だろう?」

 と染太郎姐そめたろうねえさんが、煙管きせるを吹かしながら訳知り顔で、こうおまさに詰め寄りました。


 おまさが戸惑ってかぶりを振って否定したのも意に介さず、染太郎姐そめたろうねえさんは煙管きせるを持って居ない方の手で、おまさのふところに刺さった懐紙入かいしいれを引き抜き、おまさの頬すれすれでくうを切る様に揺らすと、

「良い懐紙入かいしいれを持って居るじゃあないか。この生地はマツサカだね。あんたのかい?」

 染太郎姐そめたろうねえさんの、美しいが影の有る深い鳶色とびいろの瞳に射すくめられたおまさは、もうこれ以上この人に嘘をつくのも憚られると観念し、

「はい。これはまださとに居た時、自分で生地を織って、懐紙入かいしいれに仕立てたものに御座います。」

 と震えそうな声で、染太郎姐そめたろうねえさんに答えたのでした。



明日に続く



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