其ノ十二 手習い

 玄関での騒ぎが引けて、他の女郎じょろう達がそそくさと各自の控えの間に下がって行きましたので、小路に面して居る張見世部屋はりみせべやには、染太郎姐そめたろうねえさんとおまさだけが残されました。


 おまさが夕暮れの小路に消えて行く健吉の背中を、格子こうしの隙間から愛おしそうに見送って居ると、染太郎姐そめたろうねえさんが、おまさにこう声を掛けて来ました。


「あんた、さっき書いてた手習いの紙切れをどこに落としたんだい?」


 染太郎姐そめたろうねえさんは江戸の吉原よしわら花魁おいらんを張って居たお方なので、とうは立ってもこの成香屋なりきょうやでは、その美貌、教養に並ぶ者は居らず、おまさは遣手婆やりてばばのお秀に言われた通り、姐さんが昼にお茶を引いて居る時間などに、礼儀作法や舞や端唄はうた、和歌の手習い等をして貰って居たのでした。


 染太郎姐そめたろうねえさんはお客や知らない人の居る所では、ありんす、の様な優雅な吉原よしわら言葉で話す事が有るものの、おまさが自分付きになって日が経つうちに、自然と自分が育った江戸の下町言葉で話す様になって居りました。




明日に続く

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