其ノ六 帚木

 ひと区切りしたところで端唄はうた音曲おんぎょくが止まると、その妖艶な女、染太郎姐そめたろうねえさんがおっとりとした口調で話し始めました。


「いまどきは、着物も御所解ごしょどきなんてのが流行るくらいだから、座敷の端唄はうたも源氏から取ったのが多くなりんしたねえ。この帚木ははきぎことばなんかは、わちきも好きですけれども。空蝉うつせみの君が身分違いの源氏の君に口説かれて、自分なんかはとても釣り合いません、慰み者にしないで下さい、と嘆く場面の歌でありんす。」


 おっとりとした染太郎姐そめたろうねえさんの言葉遣いや振る舞いに、おまさはしばらくぼうっと見入って居りますと、染太郎姐そめたろうねえさん付きの年老いた仲居の福久春ふくはるがおまさに向かい、


「あんたが、おかあさんが言って居た振新ふりしんのまさきちだね。今夜座敷に出るから、まずこれに着替えな。自分一人でやれるとこまでやってみるんだね。」

 と三味線のばちで差した方向には衣桁いこうがあり、染太郎姐そめたろうねえさんの孔雀くじゃく柄の豪奢な衣裳よりは控えめですが、若々しく華やかな波柄で桃色の振り袖が、そこに掛けられて居たのでした。




明日に続く

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