其ノ二十八 薬包

 若者らしい決意で、真っ直ぐな瞳でこちらを見据えた健吉でしたが、代々商売を稼業にする家に生まれた訳でもない貧しい農家の一青年が、百両もの金を稼げるものなのでしょうか。


 先生は健吉の言葉を最後まで聞くと、何処どこかが痛む様な沈痛の表情で、しばし健吉の目を見ると、また黙って薬がり上がった薬研やげんの方に目を落とし、


「これを薬包やくほうに」

 とだけ、小声で私に仰いました。


 まったく、人の運命と言うのは分からないものです。私も十三で親に死に別れて孤児になった時、口入くちいの口車に乗ったある親戚に、遊里いろざとに売られそうになったのです。


 ところがすんでの所で、幼い頃から可愛がってくれた遠戚の叔母が、ここなら私の親の稼業であるお医者の修行も出来るでしょうと、こちらの木居家もくおりけに奉公の口を探して下さり、そのお陰で、どうにかこうにか今の私が有るのです。


 もしも親切なあの方がいらっしゃらなければ、私とて今頃どうなって居た事でしょう。私はおまさの境遇がとても他人事には思えず、若く懸命に志を立てた健吉と、おまさの二人の幸運を、心から祈らずにはいられませんでした。


 しかし、一度遊里いろざとに売られてしまったおなごが、心身ともに、前と同じおまさで居られるものなのでしょうか。


 私は薬の包みを健吉に手渡しながら、暗澹たる気持ちになったのでした。


 

次章に続く

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