其ノ二十四 釦

「この財布は去年の春、そうそう丁度、お二人に村で初めてお目に掛かった日の翌日、春の鎮守ちんじゅ祭りの日の朝に、おまさちゃんに貰った物なのです。例の機織はたおりの娘の。」


 健吉は、診察室として使って居るみせに通されると、先ほど話題に上った縞柄しまがらの財布を愛おしそうに握り締め、こう話し始めました。


「ほお、大層粋な縞模様の財布じゃ無いか。この生地はあの子が自分で織ったのかね?」

 和歌をみ文学を愛し、元より人の心の機微きびに大変ご興味がお有りになる先生は、薬研車やげんぐるまうすの上で転がしながら、こうお聞きになられました。


「はい。これはおまさちゃんが織った布を財布に仕立て、私にくれた物です。」


 その財布は生地の織りや柄が優れて居るだけでは無く、よく見ると手で縫い込まれたへりや、開け口のぼたんの縫い込み等も大変丁寧に仕上がって居り、おまさが健吉への思いを込めて手作りした物である事が見て取れました。


「ただ……、おまさちゃんは去年の暮れに……。」


 そこまで言うと、健吉は怒りと悔しさ、後悔と言った様な複雑な感情が入り混じった表情で、こうべを垂れたので御座います。


明日に続く

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