其ノ二十 絵地図

「嫌だなあ、大平さん。私はもう元服も済んだ十七ですよ。いい加減、坊っちゃまはして下さいよ。」

 春庭はるにわ様は大平おおひら様に、笑顔でその様に仰いました。


 稲垣大平様は、木居もくおり家より歩いて直ぐの街道沿いの稲垣豆腐店いながきとうふてんの長男で、お父上の稲垣十兵衛棟隆いながきじゅうべえむねたか殿は、先生の幼い頃よりの竹馬の友、大平様自身も幼い頃より先生に師事して居る熱心な門人のお一人で御座います。よわいは春庭様より七つ上、学問に向き合う姿勢は誠に真摯なれども、御気性は大変大らかな御仁ごじんで、春庭様の良き兄貴分と言ったお方に御座います。


「坊っちゃまは坊っちゃまですよ。先生の御嫡男でいらっしゃるのだから。

 それはそうと、この城下町の絵地図、いったん家にお預かりして、しかと拝見致しましたが、この町の鍵状に折れた町筋を、寸分たがわず描き切っていらっしゃる。この前の新古今しんこきん豆本まめほんと言い、春庭様の手先の細密さは、江戸や京でも右に出る者は居られないでしょう。大したものです。」

 と、大平様は興奮気味の口調で、春庭様の絵図を賞賛致しました。



来週に続く

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