其ノ十六 摺鉢

 先生は、私が手渡した手燭てしょくを受け取ると、おばば様の目に近づけ、左、右と順番に明かりをかざしたり、まぶたまくったりして診察をなさいました。


「ああ、両の上瞼うわまぶたの奥の、葡萄色ぶどういろの膜が炎症を起こしている。おばば様、頭は痛くないかね。」

「ひと月かふた月前から急に酷い頭痛がして、両の目が霞んで見える様になったんじゃ。今ではもう、殆ど見えぬ様になってしまった。

 先生、この腫れが引いたら、わしはまた目が見える様に、はたが織れる様になるのじゃろうか?」

 おばば様は、すがる様に先生の御手を握ってお尋ねになりました。


「それは……今は何とも。ひと先ず、炎症を引かせる漢方と目薬を調合しよう。お優、準備を。」

 私は先生の仰る通りの処方で、はるばる城下から担いで来た大きな薬箱から漢方薬を取り出すと、小型の摺鉢すりばちに入れ、先生にお渡ししました。


「健吉どのと申したな。時折、城下に出る事は有るかね?」

 先生が健吉にお尋ねになると、

「はい。米や野菜を行商に伺う事が時折。」


「ではその折に、魚町うおまち木居医院もくおりいいんに立ち寄りなさい。薬を持たせよう。

 道は……そうさのう、目立つ看板の豆腐屋が近所に有るから、そこのじじいにでも聞くが良い。」


 先生はそう仰ると、出された柿の葉茶をぐいと終いまで飲み干されました。



明日へ続く

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