其ノ八 矢立

桃源郷とうげんきょうか。陶淵明とうえんめいね。」


 先生は突然、私の呟きに対してこうお答えになったので、文学の第一人者でいらっしゃる木居宣長もくおりのりなが先生に、私などの浅学せんがくを吐露してしまった事が恥ずかしく、私はうつむいてを進めたので御座います。


からでは、まあ桃だね。しかし、大和は桜。なんと言っても、この山桜だよ。」

 先生は熱を込めてこう仰ると、山野村やまのむらの美しい風景を改めてお目に焼き付けになられ、

「そうだ、お優、和歌だ、歌を思い付いた。これは傑作かも知れん。早く、早く書き留めよ。」

 と慌てふためいて、ご自分の肩に掛けてお持ちになっていらっしゃる、小さなけ荷物を下ろされると、私に包みを開けさせ、矢立やたてを取り出させました。


 いつもの事ながら、こういう時先生をお待たせすると、ご機嫌が斜めになられ、この先の道中が思い遣られますので、私はささと矢立やたてを取り出し、日記帳と筆を構えたので御座います。



 明日に続く

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