第29話 おっさんと約束

 倒れたガジャル。

 一瞬の静寂の後、歓声ーーではなくどよめきが広がった。

 『無敗のガジャルが敗れた』

 その事実を受け止め切れないのだろう。


「さて、どうしたものか…」


 呟いた時だった。

 ラッシュとルシアがこちらに駆けて来るのが見えた。


「ごしゅっ……アラベル様おめでとうございます」

「ありがとう、ルシア」


 どうやらルシアはまだ名前呼びに慣れていないらしい。

 嚙んだことが恥ずかしいのか、無表情ながら頬が若干赤くなっていた。


「アラベル、見事だった。この恩…感謝してもし切れない」


 ラッシュは涙ぐみながらそう言った。


「やめてくれよ。俺は俺のためにやっただけなんだから」


 謙遜ではなく実際その通りなのだ。

 俺は破滅を回避するためにジョットを助け、ゲルファの問題を解決しようとしただけだ。


「確かにそうなのかもしれない。しかしアラベルが我らの窮地を救ったのもまた事実だ。だからこの感謝を受け取って欲しい」

「…そうかよ」


 そこまで真っすぐに言われると年甲斐もなく気恥ずかしくなってしまう。

 しかし返事がぶっきらぼう過ぎたのかラッシュが困惑している。


「我は何かしてしまっただろうか…」


 ラッシュが落ち込んでしまった。

 俺が慌てて弁明しようとした時、ルシアが言った。


「ラッシュさん、アラベル様は照れているだけですよ」

「…そうなのか?」


 ラッシュの問いに俺は気まずさを覚えながら無言で頷く。


「見かけに寄らず存外繊細なのだな…」

「はい。アラベル様は繊細な方なのです」


 …ルシアにまで言われてしまった。


「それよりも! この後どうすればいいんだ?」


 俺はこの空気を変えるために強引に話題を振った。


「とりあえずガジャルが目を覚ますまで待つしかないだろう」


 そうラッシュが言った時だった。

 闘士用の入口から重い何かを引きずる音が聞こえてきた。

 目を凝らす。

 すると数人の男達が鉄製の檻の繋がった鎖をこちらに引きずってくるのが見えた。

 そしてその中にはーー


「ジョット!!」


 叫んだラッシュが一目散に駆け出す。

 俺とルシアもその後を追った。

 檻の前まで来ると中には手枷、足枷に猿轡さるぐつわまで嚙まされた逆立つ赤毛に豹の耳と尻尾を生やした男ーージョット・ライヴァの姿が見えた。


「ガジャル様から自分が敗れた時はジョットをすぐに解放するよう仰せつかっている。またその際の伝言も預かっている」


 檻を引きずってきた男の内の一人がそう言った。

 男は絞り出すような震えた声で言った。


「『煮るなり焼くなり好きにしろ。抵抗はしない』とのことだ」


 そう言った男の拳は爪が手のひらに食い込む程固く握られていた。

 見れば他の男達もやりきれない顔をしている。

 ガジャル・ウィンブスという男は存外部下に慕われていたようだ。

 だから俺はーー


「それじゃあ約束通り俺の『奴隷』になってもらおうか」


 ガジャルを『奴隷』にすることにした。

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おっさんになって前世を思い出した悪役貴族~破滅寸前ですがここから挽回します~ 白田 二斗 @shiro-nito

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