第28話 おっさんと一人の漢
コロシアムにガジャルの笑い声だけが響く。
やがてガジャルは笑いを納めると観客に宣言した。
「いよいよ次は俺様とアラベルの試合だ。楽しみにしておけ」
そしてガジャルはこちらを見る。
「おい、アラベル!! 準備はできてるだろうな!!」
ガジャルはそう言うとニヤリと笑った。
◇
コロシアムの中心。
そこで俺はガジャルと相対していた。
ガジャルはいつもの成金衣装ではなく軽鎧を身に着け、手にはロングソードを持っている。
普段の恰好とは真逆の堅実で実用的な装備だ。
「楽しみにしてたぜ、アラベル」
「前も言ったろ? ブ男に言われたって嬉しくねえよ」
「がっはっは!! そりゃあそうだな!!!」
ガジャルは楽しくて仕方ないという様子だ。
俺は腰に下げた剣を抜いた。
何の変哲もない片手剣だ。
それを見てガジャルが真剣な顔に変わる。
「それじゃあそろそろ始めるか」
そう言ってガジャルは懐からコインを取り出した。
「こいつを放って地面に落ちたら開始だ」
「わかった」
「じゃあいくぜ」
ガジャルがコインを指で弾く。
コインが宙を舞う。
観客が息を呑むのがわかった。
コインの上昇が頂点に達し落下を始める。
ガジャルは剣を両手で持ち顔の横で水平に構えて腰を落とす。
その動作は呼吸のように自然で洗練されていた。
コインが目線の位置を通過する。
俺は右手に剣を持ち半身に構えた。
ーーそしてコインは小気味良い音と共に地面に落ちた。
瞬間、ガジャルはその巨体からは想像もできないスピードでこちらに踏み込んできた。
そして流れるような袈裟の振り下ろし。
俺はそれを横から弾いて受け流す。
だがそれは想定内だったようで横から弾かれた力を利用して一回転、そこから横薙ぎに繋げてきた。
俺はその薙ぎを上から剣の柄で叩き落とす。
しかしガジャルはその力をも利用し宙返り。
勢いそのままに左かかと落としを繰り出す。
巨体に似合わず身軽だな。
俺は身体を反らしてそれを躱す。
空振ったガジャルの左かかと落としが地面を抉る。
ガジャルはそこから間髪入れずに右足を踏み込み剣の振り下ろしに繋げた。
俺はそれを更に受け流す。
ガジャルの攻撃と俺の防御が続く。
やがてガジャルが後方に飛び退き距離を取った。
一連の攻防を見た観客が歓声を上げた。
前世でゲームをしていた時は分からなかったがアラベル・ガラハルトとして過ごした今なら分かる。
それは長年に渡り
洗練された動作は美しさすら感じる。
「アラベル、やっぱり強えな…」
観客の盛り上がりに反してガジャルは苦虫を嚙み潰したような顔でそう言った。
俺にはその理由が分かった。
何故なら俺はーーその場から一歩も動いていないからだ。
ガジャルは強い。
その剣からは長年の努力が滲んでいた。
だがーー才能は感じなかった。
ガジャルの動きはトリッキーで派手だがいずれも基礎を突き詰めたその延長にあるものだ。
『相手の力を流し自分の攻撃にそれを載せる』
武術の基本を愚直に繰り返しているに過ぎない。
ガジャルの剣は秀才の剣であって天才の剣ではない。
けれどーー
「俺は好きだぜ、お前の剣。見た目の割に綺麗な剣を振るうじゃないか」
「へっ、悪人面に言われたって嬉しかねえや。綺麗な姉ちゃんになって出直してきな」
ガジャルがニヤリと不敵に笑う。
ガジャルはとっくに俺との力量差を理解している筈だ。
だが、それでもなおガジャルは笑った。
「アラベル・ガラハルト」
ガジャルが真剣な声音で呼んだ。
「胸を借りるぜ」
そう言うとガジャルは剣を頭上で高く構える。
振り下ろしの構え。
それは先ほどまでの攻防一体のものではなくただ己の全力を放つための構えだった。
躱すのは容易い。
だがーー
「ここで退いたら漢が廃るよな!」
俺もガジャルと同じように剣を構えた。
ガジャルはハッとした後本当に嬉しそうに笑った。
「アラベル、感謝するぜ」
静寂。
俺とガジャルが睨み合う。
コロシアムに緊張が走る。
そしてーー俺とガジャルが同時に踏み込んだ。
その衝撃が空気を震わせる。
俺とガジャル。
それぞれ己の全力を載せた攻撃。
一瞬の交錯、そして金属音。
切り抜けてお互い背を向ける。
「…アラベルーー楽しかったぜ」
そう言って一人の闘士ーーガジャル・ウィンブスは地に伏した。
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