「神威」

低迷アクション

第1話

「ハジメマシテ、コンニチハ、ワタシハニホンゴガアマリジョーズデハアリマセン」


どんなに強面の外国人でも、片言の日本語を話し始めると、途端に滑稽でコミカルになる。友人の紹介で会ったピーター・サー〇ガードそっくりの白人男性は、紹介先の友人を通訳として呼んでくるまでの間、片言で


「サイキンはフリー〇ンにハマッテマス」


「アタラシイゴ〇ラハオモシロイデス」


など、同好の士っぷりを発揮してくれていたが、いざ、英語で会話を進めていくと、海外ドラマでよく名前を聞く“国家安全保障に関わる職員”だと言うので、素直に驚いた。


以下は“ピーター(仮名)”の体験である…



 「ようこそ。ワシントンから、こんなド田舎の砂漠じゃぁ、タイムスリップしたみたいでしょ?」


トドみたいにでっぷり太った白人の老警官は、この街の警察署長との事だった。人の良さそうな声をかけてくれているが、続く台詞は本音を隠しもしない。


「ホントはアンタ等みたいな連中なくても、ウチの署員だけで充分対応できる。正直余計なお世話だ。たとえ、可笑しな悪魔崇拝の連中だろうとな?」


「カルトです。悪魔崇拝かどうかは、わからない。そもそも、今回の事件が発覚するまで、我々は、彼等の存在さえも認識できていなかった。その点はおたく等と同じでしょう?」


実際そうだった。ピーターの仕事は国内で活動する宗教組織の監視である。つい数時間前に、上司から指示され、自身の調査不足を叱責される代わりに、ここへ派遣された。


「まぁ、お互い様と言う訳か?死んだ連中の身元を洗っているが、全員余所の州から集まった者としか、ウチもわからん。検分と鑑識も終わってる。言われた通り、死体は動かしとらん。後は好きにしろ」


「死体を動かしてない?」


「私の指示だ」


振り返ると、恐らく同業の黒服サングラスが手を差し出してきた。


「“ディビッド”だ」


「よろしくディビッド?えーっと、何故、死体を?」


「全ては向こうで話す」


署長の方を再度見れば、早くも車に戻っている。何から何までわからない事づくめだが、長年の勘が“とっとと終わらせてズラかれ”と言っている。


おとなしくディビッドが指さす車に乗り込もうと足を向ける。


「だーからぁっ、俺達が行くべきだろ?なぁ、ハッチ」


「そうとも。スティーヴォー。ここまでのは滅多にないぞ。聞いてるか?役人さん?」


今度は何だ?不快そうなディビッドの視線を辿れば、2人組の制服警官が彼と自身が乗る車の前に仁王立ちしている。


思わず苦笑いしてしまう。今日は一体何度、自身の知らない情報、人物が追加される?


「署長に話は通してる。殺人事件が年に1回あるかどうかの地区での大事件…興奮するのはわかるが、この件はウチが預かる」


「ディビッド捜査官と、そっちはピーター捜査官でいいんだよな?随分軽装だが、

ちゃんと武器は持ってるのか?ライフルは?ショットガンは?」


「俺達のバンにはいっぱい積んでるぞ。持ってくか?」


大柄な黒人のハッチ?が黄色い歯を見せて笑う。


「結構だ。急ぐからどいてくれ」


「屋敷に詰め込まれた26人が全員頭を撃ち抜いて集団自殺かました場所だ。何があるか…」


「つまり死体だけだ。問題ない」


ディビッドは非常な冷静さで、恐らく善良な田舎警官達の提案を撥ね退ける。


そのまま肩を竦めた彼等を尻目に、ピーターは車に乗り込む。


「…奴等には効かん」


車を発進させるディビッドが何か呟いたが、敢えてピーターは無視した…



 (まるで、ハロウィンのお化け屋敷だ)


唯一、人工物があった通りを抜けてから、1時間程、荒涼とした砂漠を抜けた先に、目的の屋敷があった。外観は朽ち果て、窓のほとんどはヒビもしくは、割れたままになっている。


中は砂が入り放題だろう。


「行くぞ」


車内ではずっと無言だったディビッドが口を開き、朽ち果てそうな木のドアを開ける。慌てて続くピーターの鼻を不快な臭いが纏わりつく。


「ヒドイな…」


「26人分の死体とそれ以外もある。ここまではいつもの事だが」


「なぁっ、その全てわかったような感じで話を進めるの、そろそろやめてくれないか?こっちは飛行機で5時間、現場対応とここ到着までで、2時間、合計7時間で何一つ説明なしだ。そもそも26人集団自殺で、誰がこんな砂漠の真ん中から通報したとか?死体を回収しない理由とかな」


「…もうすぐ最初の死体があった場所につく」


ピーターの声は聞いてないと言った風に、ディビッドは屋敷の廊下を進んでいく。その歩き方と物腰から、別の問いも出てきた。


「なぁっ、ディビッド、アンタもしかして…」


自身の開いた口はディビッドの驚きの声で遮られる。肩越しに見れば、恐らく死体があったであろう血だまりに死体がない。では、何処へ?との答えは奥へと続く血の轍が証明してくれそうだ。


反射的に抜いた9ミリ拳銃を構え、歩を早めるディビッドに続く。勿論、彼は銃を抜いてない。


廊下のあちこちに広がる複数の轍は恐らく屋敷の地下に続いている。室内の構造だけで判断だが…


「ディビッド、応援を呼んだ方が?」


「汝、踏み迷う道を逝く者よ。踏み迷う現世の羊達に手を出す事なかれ。我は導き手、さ迷い歩く者達を導く事に力を貸す者なり…」


ピーターの声など聞こえていないかのように、木の十字架を出したディビッドは低く、聖書に乗ってそうな言葉を唱えながら、奥に進む。


やがて、廊下の行き止まり、床にポッカリ開いた地下への入口に立つ。陽射しの関係か、内部は暗く、見通しが悪い。


「これはっ…」


見通しが悪い訳ではなかった。生前は恐らく黒い服を着ていたのだろう。複数に(恐らく26人分)折り重なった、それ等がまるで一匹の生物のように、蠢動しながら、地下から這い出ようとしている。


「クソッ、今夜のドライブシアターはム〇デ人間かな?」


恐怖を紛らわすような軽口も、撃ち込んだ銃弾も、全く意に介さず、地下から這い出てくる“それ”は、このままでは地上へ、屋敷の外まで出てしまう勢いだ。


「オイッ、聖職者!いい加減にエク〇シストばりの文言でアレを追っ払うとかないのか?」


ピーターの台詞に震えて蹲るディビッドが顔を上げる。


「“何故?”なんて顔をするな。これでも日曜の礼拝は欠かさない方だ。いくら隠したって、体の動きや身振りでわかる。おたく等が関わってる事も、俺に伝えてない事も、アレ見りゃ、全部帳消し、納得。だから、どうする?」


「無理だ…」


「何?」


「我々は封じ込める役、集められた26人の使徒…でも、失敗した。実体を持ったアレを止める事は出来ない。もう無理だ」


「無理って…そんな訳あるか!」


拳銃を握り直し、地下から自身より一回りも大きい頭を覗かせる異形に銃弾を撃ち込んでいく。


1発、2発、3発、銃弾は全てめり込んだまま、相手の体に消えていく。駄目だ。もっと大きいモノでないと…


空になった弾倉を交換した時には、人の足で組まれた52個の歯と、暗く淀んだ口腔が眼前で開かれていく。後ろでデビィッドの嗚咽が聞こえた。


(今夜はじっくりとHⅮに取り込んだ作品を鑑賞といきたかったが、無理かな…)


装填した銃をお守りのように構えるピーターの横を高速の何かが通りぬけ、化け物の口の中で弾ける。


「だーからぁ、言っただろうが、捜査官、デカいもんがいるってぇ!って!?なんだ!デカすぎだろ?熊よりヤべぇ!てか、何だアレ、ハッチィイ!?モンゴリアンデスワームか?」


「お前、目ぇ何処ついてんだ?スティーヴォ。自分の撃ったモンくらい、把握しとけ!捜査官、とりあえず、何だかよくわからないけど、アレ撃つぞ。いいな!」


全身に手榴弾やロケット弾を撒き、デッカイ銃を抱えた田舎警官の2人組は、こちらの返事も待たず、お互い頷き合うと、即座に攻撃を開始する。


40ミリ擲弾と大口径の機関銃の二重掃射が怪物の体に轟音と共にぶつかる。

毎分数百発の徹甲弾と常時炸裂する擲弾は、吸収させる暇を与えず、ただ、地下へ、地下への後退を促していく。やがて、怪物の顔と思しき部分が入り口にさしかかった所で、


「仕上げだ!」


スティーヴォが手榴弾を放り、地下の上げ蓋に全体重を乗せながら、閉じる。


「ディビッド捜査官!ボサッとするな」


爆発に負けない、ハッチの怒鳴りにディビッドが正気づき、蓋に十字架を当て、祈りの言葉を唱える。それに合わせ、鉄蓋を押し上げようとする動きが徐々に静かになり、やがて消えた。


「あんなおっかねぇモンに仁王立ちとは…人間にしては上出来だ。ピーター捜査官」


暗くなっていく室内でスティーヴォが有名なアンドロイドの台詞を真似て笑った…



 「ドーデシタ?ワタシのオハナシツカエソーデスカ?」


まるで、安物B級ドラマか、その手のペーパーバックの与太話だが、体験者本人の容姿も相まって“本物”に聞こえる。


素直な感想とお礼を述べた後、もっとも気になる部分、つまり、ピーター達を助けた、ホラー映画で言うなれば“陽気な黒人枠”の2人について尋ねた。


「アア、イマセンデシタ」


「えっ?」


ピーターの話では、スティーヴォとハッチなる警官は在籍しておらず、彼等に同行しようとした者は皆無との事だった。


「グレネードランチャーに手榴弾?こんな田舎の警察署に?そんなモンない。州兵じゃないよ?ゴ〇ラでも攻めてくるのかぃ?」


憔悴しきった2人を見ながら署長は嘲るような顔で言葉を締めくくる。それ以上の追及はピーターもディビッドにもする気はなかった。


「じゃあ、一体、彼等は何者なんですか?」


こちらの問いにピーターは、アメリカ人特有の両手を広げる仕草をした後、微笑みながら、短く告げた。


「カミノツカ…いえ、この国の言葉で、アレです。多分、セーギノミカタ」…(終)

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