「あいつ運がいいよなぁ? 生きてたんだぜぇ?」


「運が悪いだろ。縄が千切れたんだぞ」


 ばねのような声と、間延びした声に、意識が掬いあげられる。無意識の水から意識の空気へ。全身の傷口が水から出したての痛みを訴える。硬く冷たい物が背中を押している。


「生きてる……」


油の足りない機械のように止まり止まり体を確かめる。左腕には添え木、頭には包帯、小さな傷には薬が塗り込んである。独特の刺激臭だ。

真っ暗闇に少しずつ目が慣れる。目の前に柵、残りの三方には石の壁、床と天井も石だ。隙間なく敷き詰められた石に一つだけ穴があり、そこか鎖が伸びている。そして、鎖は僕の足首に繋がっている。


「え?」


誰かが手当てしてくれたのはありがたい。しかし繋がれる心当たりが全くない。「教会のやつら」は盗賊を捕まえにやってきて、ついでに僕を助けてくれたのではないのだろうか。


目を凝らせばうっすらと向かい側にも牢屋があるのがわかる。真向いがハクフンで斜向かいがウチジクだろうか。


遠くで鉄の軋む音がして、少し牢内が明るくなる。コツ、コツ、と硬い足音。ウチジクとハクフンの蒼タンが、揺らめく明かりで淡く見える。


「おい。貴様らこれをどこで手に入れた?」


質素な形に身を包んだ、背のかなり高い女性だ。


燭台を左手に掲げ、右手の何かをウチジクに見せている。ここからはウチジクが変顔している事しかわからない。


「答えんか。ならお前はどうだ」


牢を進み、ハクフンにも見せている。


「なんでお前らに教えてやる必要があんだよ。利をよこせ」


「ではこれを町で売った事は認めるのだな」


ハクフンが舌打ちした。女性を睨みつけている。


「一応貴様にも聞いておく。あいつらはこれをどこで手に入れた?」


手に持っていたのは古ぼけて砂だらけの本だった。一見なんの変哲もない本だが、僕はそれが何かしっていた。族長の本だ。肌身離さずほどではないが、大切にしていたのを覚えている。いつだったか、本の中身を聞いた時には、「俺の大切な物が詰まってるのさ」と言って見せてくれなった。


僕の反応で女性は何かに気が付いたのだろう。


「何を知っている」


僕は迷った。族長は誰にも見せたがらなかった物の事をそう簡単に話していいのだろうか。迷った時は、誰かの真似をすると良いと大人はいつも言う。


「なら僕を閉じ込める理由を教えてください。利をください」


「それは無理だ」


「なら、誤解で閉じ込められてるんじゃなくて秘密の理由があるんですね」


女性は小さく口を開けて、眉をすぼめる。ウチジクが口笛を吹く。女性は舌打ちして、ガツ、ガツ、と足音を立てて牢屋を出て行った。


「やるじゃねぇか。ガキ」


ハクフンの声に張りがある。じゃらじゃらと鎖をならして、体勢を変えている。


「あのテントの残骸からきたんだな。お前」


ハクフンは話を続ける。


「拾いもんのどれもこれもが高く売れないもんで、しょっぺぇとは思ってたんだがよ」


「まさか教会に目ぇつけられるとは思って無かったぜ。運が悪いな」


僕はいてもたってもいられなっくなって、聞いた。


「族長は……老人はどうなった?」


「利をよこせって言いたいとこだがよ。さっきはスカッとしたんだ。特別に教えてやるよ。族長かどうかはしらねぇが、死体はみっつだけだったぜ。男が一つと女が二つだ」


「そう……ありがとう」


僕は目を瞑って、もう一度眠る事にした。

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砂漠の少年 @my_name_is_Hatt

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