蟲車チェイス

「クソッッ!! なんであいつらあんなに速いんだっ!?」


オレは運が悪い。飯を食えば当たるし、便所に行けば蟲が出る。賭けなんて絶対にしない。どうせ負けるからな。

 今だってそうだ。頼れる統領はどこにも折らず、大嫌いなウチジクをオレの車に乗せてる。


「教会のだからなぁ? 特別制なんだろうぜぇ?」


「るせぇ! そんなこたぁ分かってんだよ!」


どれだけ風を追い抜いても、前へ進んでいる気がしない。視界の全ては真っ赤な空と、真っ赤な砂、それとやつらの蟲車だけだ。距離が縮まる一方なら、逃げているとは言えない。


「何台だ?!」


「何がだぁ?」


「蟲車の数に決まってんだろ!!」


「こっちと同じだろうぜぇ?」


五台。舐めやがって。オレ達盗賊風情には、同数でも勝てると踏んでやがる。残念なことに見立ては合っている。


「オレが先頭に出る! 速度上げるから気をつけろ!!」


鞭をしならせ、空気を切り裂く。グンと内臓を後ろへ引っ張られて、速度が一段階上がる。隊列から一時的にはみ出す。見える仲間達。後ろには敵。


「統領じゃねえが命令だ! ありったけの荷物を投げつけろ!!」


次々と砂へ投下される木箱、金属、反物。その上を通り抜ける瓶、皿、靴。中には車の床板をはがして投げつけている者もいる。何てことしやがる。


「いい事思いついたかもだぜぇ?」


ウチジクが隣の仲間に何かを耳打ちする。蟲車が軽くなっても、敵との距離は開かない。投げつけた荷物はことごとく避けられる。左右に車を振らせた分だけ距離が開くはずだったのに、それも叶わないとは。


「?!」


何かを口に突っ込まれる。


「ただの水だぜ? 飲んどいてくれよぉ」


ウチジクの行動の全てに腹が立つが、喉を通る冷たさが逆に冷静にさせてくる。戦えば必ず死傷者がでる。なんとしても避けたいが、どうも叶いそうにない。本当に、運が悪い。


「お前らにもやるよぉ?」


ウチジクは空になった水の樽に何か細工をしたのか、砂の上へ落とした。置き去りの樽は数舜の後、爆ぜた。

一瞬の内に景色が塗りつぶされる。赤は空と砂の境界をまぜこぜにした。

やったか、と気が緩みかけたその時、赤い空気を纏って蟲車が飛び出してくる。


「だめじゃねぇか!」


「あれぇ?」


追いかけてくる蟲車に怯んだ様子は無く、速度は欠片も揺るがない。



 ★



蟲は並走し、教会の車は矢を射ってくる。


「投降せよ! 投降せよ! さすれば慈悲の判決を下されるだろう!」


何度も何度も繰り返された呼びかけが、また繰り返されている。それに応じる物は何処にもいない。皆、慈悲にあやかろうだなんてかけらも思っちゃいないのだ。


「今度こそいいこと思いついたぜぇ?」


ウチジクが僕を縛っている縄事、僕を持ち上げる。そのまま荷台の端へ、僕を少しだけはみ出させる。目まぐるしく模様の変わる砂の絨毯に腰の下がきゅっとしまる。


「人質だぜぇ! 攻撃を止めろよぉ!!」


教会の人々に見せつけるように、僕はゆらゆらと揺さぶられる。縄がぶちぶちと千切れていく感覚がある。しかし攻撃は止まない。それどころか矢の数が増えている。


「お慈悲を! お慈悲を下さるだろう!」


叫びながら弓を引く物の内一人が、僕の目を見ている。こっちを狙っている! 冗談じゃない!


「あいつら容赦無さすぎねぇかぁ?」


意味が無いと悟ったウチジクが、僕を引き上げようと踏ん張り治す。


「「あ」」


僕とウチジクの声が重なって、空気がぬるくなる。縄が完全に千切れた。蟲に半分まで切られていたのだ。当然だ。次の瞬間、僕は砂に全身を打ち付けて、体を速度に削られる。上と下とがぐちゃぐちゃになって、僕は───



 ★



「ハクフン! ガキが落ちた!」


「落としたの間違いだろ馬鹿が!」


子供は死んだに違いない。悪いが自分の身が可愛い。矢はとっくに打ち尽くして、接近戦以外にもうできる事は残されていない。向こうとこっちじゃ人数差はほぼない。お互い二十人ほどだ。そう考えれば勝率は五分だが、向こうの武具は上等だ。贔屓目にみても二分まで落ちる。しかし他に何も思いつかないのだ。


「ちくしょう!! 接近戦だ!! 腹ぁくくれ!!」


「本気かよぉ?!」

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