逃げる
「この蟲はいつから?」
つま先で蟲の背中を軽く叩いてみる。コツコツと硬い音が鳴る。
「いつ頃からだろうなぁ? 半月前には居たかなぁ?」
僕の見たことの無い蟲だった。平たい体に平たい足、ハサミのようになった手が特徴的だ。ハサミを持つ蟲は何度も見たことがあったが、そのどれとも印象が違う。朱色で、全体的にとげとげしている。半月前といえばまだぎりぎり冬である。そのころから活発に動き出す蟲の近縁種だろうか。
ドタドタと、食糧庫の天井の上から足音が聞こえる。騒がしく走り回ってるようだ。何があったのだろう。食糧庫の中にも二人、盗賊が飛び入ってくる。それぞれ慌ただしく大きな箱を持ち上げ、即座に踵を返す。ウチジクも何が起きているのかわかっていない様子だ。
「妙な事すんじゃねぇぞ」
そういって扉の前を通り抜けようとした誰かを捕まえて話を聞いているようだ。ここからは見えないが、うっすら捉えられる会話に聞き耳を立てる。
「……がきたのかぁ? 早すぎ……統領……てるのかぁ?」
妙な事をしないわけはない。早速、縛られている後ろでを蟲のハサミの前へ持っていく。首を限界までひねって様子を見ながら、少しずつ手を近づけていく。
「切れ。切れ。切れ」
おまじないのように、頼み込むように、独り言のように。何度もつぶやいた。言葉が蟲に通じたのか、ハサミを閉じてくれる。が、肝心なところで僕は(腕は切られたくないな)と日和って少し、手を引いた。結果、縄はあと少しのところまでしか切れなかった。
もう一度、とハサミに縄を近づけるが、「二度目の慈悲は無い」とでも言うように、蟲はささっと部屋の外へ行ってしまった。
蟲が出てきた事で、僕の事を思い出したのかウチジクが戻って来た。片眉をさげ、顔をしかめている。
「とりあえずお前も来た方がいいよなぁ?」
僕の肩を乱暴につかみ、ぐっと押して先を歩かせてくる。
「何が起きてる?」
「教会のやつらが俺達を殺しに来たぜぇ?」
なんども荷物をもった盗賊に追い抜かされ、蟲車にたどり着く。五台ある蟲車の真ん中の物に乗せられる。僕らが乗り込むころには、蟲車の周りでてきぱきと動いていた盗賊はひとりもいなかった。全員が乗り込んだのだ。
「ハクフン。行けそうかぁ?」
「ああ。で、統領をみたやつは?」
荷台にいた全員が首を横に振る。
「まぁ、いないって事はそうだろうよ」
先頭の蟲車の方を見ると、船の大穴から外が見える。真っ赤に染まって、もうすぐ日が暮れるのがわかる。
「もう駄目だな。ボスを置いてく盗賊団がどこにいんだかな。ハイ・ヨー!!」
蟲車は動き出し、盗賊のアジトを後にした。
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