第5話 筋肉の声

「呪いだと?」


 その言葉に眉を顰めたのはカーチスだけではない、どうにか気を失わずにいた令嬢や、この状況を見物していた者達までもが忌まわしい物を見るかのような目を向けていた。

 それに気づきやめろとカーチスが手ぶりで制した事で視線が和らぐ。

 フレム王国において呪いをその身に受けるのはほとんどが罪人である。

 筋肉の減少など一般的には暗殺に用いられる物だが、彼らの場合刑罰としてそれを使っていた。

 筋肉を奪われることは命を奪われるよりも厳しい罰であり、また元がゴリラなフレム王国の住民は多少筋肉を失ったところで他国の者のように命を落とすことはない。

 重い刑罰ではあるものの生きがいを奪われるだけともいえるが、重罪人ともなれば例外として永続的に筋肉を奪い続ける呪いを与えられ、しなびていく肉体を見ながら緩やかに死んでいくことになる。

 故に、一度は罪人かという視線を向けられたミリアだが慣れた様子であり平然としていた。


「物騒な話だ。誰にやられた」


 呪いは罪人に用いられる物というのは上記の通り、しかし呪いそのものは魔法を使えるものならばある程度は手にすることができる。

 そして対抗手段も広く認知されているが、フレムにおいてそれは筋肉で跳ね返すという文字通りの力技故子供には厳しい方法だ。

 他国では一般的に呪い除けの魔法や護符があるが、筋肉こそが全てであり筋肉さえあれば呪いも乗り越えられる国ではそのような物はほぼ手に入らない。

 逆に罪人用に呪いへの抵抗を減らすための呪符などは常備されているのがおかしいのである。


「誰に、という質問にお答えするのであれば過去の偉人にと」


「偉人だと?」


「えぇ、37代目賢者アルフレッド・ブルー。彼の残した書物に目を通した際に呪いをこの身に受けました。内容は成長の停滞、どれほど鍛えようともこの呪いがある限り私はこの姿のままなのです」


 ミリアの言葉に嫌悪感が込められた視線は同情に変わる。

 どれほど鍛えようとも肉体が育たない、筋肉をつける事ができないというのは辛い話だ。

 本人とカーチスを除いて誰もが悲観の目を向ける。


「その呪いを解く方法はないのか?」


「一時的に無効化することはできますが、完全にというのは難しいかと」


「ふむ、つまり呪いを解かない限りは……」


「えぇ、皆様のような立派な肉体を手に入れることはできません。どころか魔力量すらも呪いを受けた12歳の頃のままです」


 ついには涙を流し始める者まで現れた。

 筋肉をつける事ができない、それだけでなくもやしと揶揄される魔法派にもなれない。

 そんなミリアを憐れんでのことだった。


「苦労したようだな」


「いいえ、それほどでもありません。筋肉がつかないからといって、力にならないわけではないのです」


「というと?」


「見ての通り、私は華奢な子供の姿。しかしその力は」


 きょろきょろと当りを見渡し、思いついたかのように暖炉用にと置かれていた薪を手に取った。

 時季外れではあるものの、暖炉を焚いてサウナに見立てる者がいるため常備されている備品である。

 それをミリアは綿菓子を潰すかの如く、容易く握りつぶして見せた。


「このように形となります」


「……待て、その呪いはどういうものなのだ?」


「先ほど説明した通り筋肉の成長を阻害する魔法です。しかし本来なら得られたであろう筋肉、そこから生じる力は私の物としてこの身体に蓄えられています」


「というとなにか? 見た目は子供で華奢な体躯だがお前もゴリラか?」


「その認識で間違いないですね。書庫の番人というのは想像されている以上の重労働です。高い所にある本をとり、それを両手の力だけで支え続け、時には多くの本を同時に運ぶ。書庫とはある種の鍛錬場なのです」


 おかしい、その認識は明らかに間違っている、そう口にしそうになったカーチスは全力で言葉を飲み込んだ。

 はっきり言ってカーチスは病んでいた。

 筋肉に対する恐怖心、周囲と比較して小さな背丈、王族というプレッシャー、そして入学してみれば右を見ても左を見ても筋肉。

 あまつさえ初見では可憐だと認識した令嬢すらも化けの皮を破り筋肉という本質をさらけ出し、大衆の前でそれを披露してみせる国の風習に。

 王宮での暮らしはまだよかった、必要のない外出をしなければ筋肉を目にすることはない。

 しかし学園に通うにあたって王族貴族平民と言った身分は関係なく全員が寮に入り、共同の部屋で眠る。

 常に筋肉に囲まれた生活が待っているという最悪の状況。

 そんな場に咲いた一輪の小さな花、目を奪われ、耳を奪われ、そして心までも奪われた。

 自覚したらもはや止めることなどできない。

 中身がゴリラでもこの際構わない、見た目が良ければそれでいいじゃないか、筋肉はその人となりを映す鏡というのであれば、この目の前の幼い姿を持つ令嬢は呪いを受けてなお筋肉の代りに知恵と力という形で己を映している。

 そうだ、これならば誰も文句は言うまい。

 刹那の思考でその答えに達したカーチスは背後から駆け寄ってくるモーリスに気づくことなく次の言葉を口にした。


「ミリア、俺と婚約してくれ」


 バサバサバサという書類が落ちる音、ビクンビクンと周囲のゴリラが筋肉を脈動させる音、そしてカツーンという甲高い音を立ててこの国の第一王子が恋に落ちる音が響き渡った。

 なお、直後周囲の者達から発せられた絶叫と興奮した一部男子生徒によるドラミングによってそれらの音はかき消されるのだが……。

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美女が野獣~ゴリラの国のロリ令嬢と筋肉恐怖症の王子様~ 蒼井茜 @48690115

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