第4話 呪われたゴリラ
トレーナーとは自らを鍛えようと粉骨砕身する者を支えサポートする者を意味する。
しかし貴族社会において、フレム王国限定でその意味合いは変わってくる。
端的に言うならば己の身体をゆだねる相手、異性ならば恋人や婚約者と同義であり、同性の場合でも親友以上の存在としてみなされる。
当然のことだが身体に直接触れられる立場というのは、見方を変えればその命を簡単に奪える立場だからだ。
だからこそ貴族も王族もトレーナーを用意する際は相応の手順を踏み、そして幾重もの審査を潜り抜けたうえで決められる物だ。
本来ならばカーチスも幼少期の過度な骨折がなければ早々にトレーナーをつけてその身を鍛えていたはずだが、トラウマから来る筋肉恐怖症により専属のトレーナーを持つことなく自主的な訓練のみにとどめていた。
そんなカーチスが突如、学園で初めて会った令嬢をというのだから筋骨隆々の令嬢たちが気を失うほどのショックを受けるのも致し方のない事である。
「あの、トレーナーですか? 私のような女が?」
「あぁ、君がいい」
「なぜですか? その、身長を伸ばすための整体ならば他の方々に知識を伝授すればいいだけです。プロならば私よりも的確に治してくれるはずですし、筋肉をつけたいのであれば私は不向きです」
「先ほども言ったが俺は筋肉が嫌いだ。この身体を筋肉で固めるなどおぞましいとすら思ってしまう。そんな国の恥ともいえる俺が頼れる相手は少ない」
「だとしても初対面の令嬢に頼むことではないかと」
「かもしれない。だが周りを見てくれ」
カーチスの言葉にミリアは周囲で昏倒する令嬢たちを見る。
そして遠巻きに眺めている、ゴリラを超えた超ゴリラとも呼ぶべき男子生徒たちを。
「奴らに指圧でもされてみろ、俺みたいな華奢な男などぽっきりと折れてしまうぞ」
「私程度の力なら問題ないという事ですか」
「それだけではないがな」
ふと、カーチスの胸の内に芽生えた何かだが相対評価から来るものだろうと自ら封印した。
嫌いな筋肉に囲まれる毎日、そんな中で見つけた一輪の可憐な花は何よりもカーチスの目を引き、その知識から悩みを解決してくれたという行為には抱きしめたくなるほどの喜びだった。
さらには、これは王家でも極秘とされていることだがカーチスの好みは筋骨隆々の乳母に苦しめられた経験から小柄で華奢な体躯の女性ということになっており、他国の年端もゆかぬ令嬢などを見た時はその都度心をゆすぶられていた。
早い話が自分の身長にコンプレックスを持ち、巨漢を恐れ、国是すら否定する、フレム王国において異端中の異端ともいえる存在だった。
故に秘匿されてきた彼の性癖、そのど真ん中を貫くのがミリアだった。
ふわふわの金髪は羽毛のごとく、子供と見まがう体型はカーチスの両手にすっぽり収まり、更には知識が豊富で悩みも解決してくれるとなれば惚れない理由はない。
ないのだが、それを公にするわけにはいかないためこの場では封印としたのである。
「どうだろうか、ミリア。うけてはくれまいか?」
「……いくつか条件を出してもいいでしょうか」
「言ってみろ」
「ルーブル家は長らく王立書庫の司書を務めてきました。トレーナーを終えた暁にはその仕事に就くことをお許しくださいますか?」
「許す、望むのであれば他国の本も書庫におさめよう」
「次に今回の一件で私は他の令嬢から反感を買う事となったでしょう。それにあたって……」
「護衛を用意しよう」
「いえ、逆です。護衛を絶対につけないでください。邪魔になります」
「邪魔?」
「はい、私が本気で戦うのに邪魔になりますので」
おかしなことを、と誰もが思った。
3倍以上の身長差がある相手に、この小柄な女性に何ができるのだろうと。
「……もしかして君もあれか? マッスル家のように筋肉を隠しているだけなのか?」
「いえ、そのようなことはしていません」
「だが君は強いというのか」
「戦闘力という意味では」
「筋肉に頼らない戦い方があるのか?」
「多少は筋肉を使います。体術なので魔法とも違いますが」
「ふむ、そういうのであればわかった。護衛はつけない。しかし監視はつけさせてもらっても?」
「ご随意に。最後に、これは条件とは違います。これを聞いたうえで殿下が私をトレーナーとするか、お聞かせください」
「聞こう」
カーチスの即答に対し、ミリアは口ごもりながらその言葉を口にした。
「私は、呪われております」
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