第24話 6years later ~それからの話~
――ナハラさんの死から、6年が経った。
この年の9月23日は、ナハラさんの七回忌だ。
僕と流歌はお供え物を用意して、ナハラさんが眠るお墓を一緒に訪れているところだった。
ナハラさんのお墓は無縁塚にあるわけではなく、きちんとした霊園の一角に存在している。親との仲が良くなかったそうで、終活の際に自分だけのお墓を建てていた。そこに1人で眠っている。
この霊園の場所は、僕と流歌が高校時代に過ごしていた街だ。
この街はナハラさんがミサさんと一緒に長く過ごしていた土地でもあったそうで――
『思い出の地で眠ることにしたよ』
と生前のナハラさんが教えてくれたのを今も鮮明に覚えている。
色々と思い出が蘇ってくる中で、僕と流歌はナハラさんのお墓を掃除したのちに、線香をあげながらこんな報告を行っていた。
「ナハラさん、実は僕たち結婚しました。社会人としての生活にも慣れて、やっと余裕が出てきましたから、そろそろ籍を入れようってことで」
今年の6月にまずは婚姻届だけを出している。挙式や新婚旅行も全然まだだけど、そんなのはやらなくても僕らは今、幸せな状態だった。
「それと、ナハラさんのお金なんですけど毎年報告してる通り今もまだほとんど使ってません。子供が出来たとしても意地でも使わないでおこうかなって思ってます」
「なんで使ってないんだよ、って毎年お墓に来るたびにツッコまれてそうよね」
僕の隣では流歌がクスクスと笑っていた。
ナハラさんに譲ってもらったお金は、本当にまだビタ一文も……と言ったらアレだけど、まだ10%も使っていないのは事実だ。
というのも、流歌の大学進学費用は普通に特待生制度を利用出来たことでほぼ免除されたからだ。お父さんの逮捕は言うほど大した障害にはならなくて、むしろ面接の場で同情を得られて有利に働いたとのことだった。
ナハラさんのお金を唯一使わせてもらったのは、強姦未遂や虐待容疑、わいせつ罪等の罪で7年前に捕まった流歌のお父さんが、あろうことか僕に対して「娘を拉致監禁している」と言って裁判を吹っかけてきたときの弁護士費用としてだ。もちろん僕は負けることはなかった。
そんなわけで、ナハラさんから受け継いだお金はほとんどが口座に残ったままだ。僕の学費は親が普通に出してくれたわけで、流歌の学費は前述の通り特待生ゆえにほぼほぼ免除だったので、ちょこっとバイトをするだけでまかなえていたわけだ。
バイトの分をナハラさんのお金で補えば良かったんだろうけど、なんとなく、ナハラさんのお金は出来る限り使いたくなかった。幸せになって欲しい、と言われて受け取ったお金だから、多分贅沢に使っても文句は言われないと思うんだけど、僕らはそういう気にはなれなかった。
なんというか、ナハラさんのお金は御守りみたいなモノだと思っている。それを使い切ってしまえば、ナハラさんという存在を消してしまうような感覚もあって、余計に使う気にはなれなかった。
だから本当に必要な状況にでもならない限り、今後も使うことはないと思う。
「じゃあナハラさん、また来年顔出しに来ますね」
7回目の墓参りを終わらせて、僕らは最寄り駅を目指して歩き出した。
かつて住んでいた街だけあって、歩いていると懐かしい気分に駆られる部分がある。
「来年は赤ちゃんも一緒だといいわね」
「ああ」
ナハラさんの自殺オフがあったから、僕らの命はここまで繋がれてきた。そんな僕らのあいだに新しい命が生まれれば、ナハラさんの
「そういえば流歌、実家に寄ったりはしないよな?」
「寄らないわよ。あんな家、二度とね」
「だよな。変なこと聞いてごめん」
言うに及ばず、流歌はお父さんとの縁を切っている。
7年前に性的虐待被害を告発し、お父さんは裁判によって執行猶予付きの懲役刑を与えられた。
その後に土建屋社長の座を追いやられたりして人生がメチャクチャになったお父さんとの縁を、流歌が残しておきたかったわけがなく――
僕も挨拶なんかはせずに、こうして流歌との婚姻を勝手に結ばせてもらったという経緯だ。
「逆に呉人は、大崎さんのもとに顔を出したりするの?」
「いや……しないよ。行っても意味ないし」
かつての元カノ、大崎柚季についても少し話をしておこうと思う。
柚季は、7年前の精神疾患による寝たきり状態から一応回復している、という話だ。しかし知的障害やら記憶障害を引き起こしているようで、まともな状態ではないとのことだった。
そして。
7年前に柚季をそんな状態に至らせたのがナハラさんだという事実を、僕は生前のナハラさんから思い出話のひとつとして聞かされている。
『あぁ、じゃああの子は霧島くんの元カノだったわけか』
お互いの情報をすり合わせてそんな事実が発覚したあと、僕は驚いたのと同時に罪悪感を抱いてしまったのを覚えている。
……意図せずとはいえ、僕に代わって復讐をさせてしまった形だ。当時の僕は、ナハラさんの手を無駄に汚させてしまったと悔やんだ。
そんな申し訳なさでいっぱいになった僕に対して、ナハラさんは、
『いいのさ。俺の手なんかとっくに汚れているしね。むしろ俺の方こそ申し訳ないよ。俺が彼女を潰したせいで、霧島くんは彼女から贖罪される機会を失ってしまったかもしれないんだからさ』
そんな風に謝ってくれた。
確かに、柚季が壊れたせいで僕は今もなお浮気のことを謝罪されちゃいないし、真っ当に糾弾する機会さえ失われたままだ。
だけど……ナハラさんの手で裁かれたのだと思えば納得出来る。
だからその件に関して、ナハラさんを恨んでいる部分なんて微塵もない。
僕はもとより、流歌もそうだけど、忌むべき過去はこの街を離れて暮らし始めたのと同時に断ち切ったつもりだ。
今後は流歌との幸せな人生を歩むことに全力だ。
それがこれからの僕に課せられた使命だと思っている。
「なあ流歌」
「うん、どうしたの?」
「改めてだけどさ、ナハラさんに託された分まで、きっちり幸せになろうな」
そう告げると、隣を歩く流歌は綺麗な黒髪を風になびかせながら微笑んでくれた。
「ええ、絶対にね」
こうして僕らは前を向いて生きていく。
二度と後ろ向きにはならないだろう。
流歌さえ居れば僕は大丈夫。
ナハラさんを思い出すことで気持ちを強く持てる部分もある。
目指すのは普通。
普通の幸せ。
ナハラさんが果たせなかったことを、僕らは成し遂げてみせる。
そしてあまりナハラさんに囚われることもないようにして、僕らは僕らなりの人生を歩いて行こうと思っている。
だってそうしないと、普通ではないと思うから。
カノジョに浮気されて絶望していた僕を癒やしてくれたのは、オフ会で偶然出会った学校で一番可愛い生徒会長でした。 新原(あらばら) @siratakioisii
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます