金平糖

1




あの人本当いい人だよね。

うん、わかる。

優しいしファンサもやばいしいつもニコニコしてるし。


いい人、


いい人。


いい人ーーーーー



その言葉は呪縛。

あたしの行動を鎖のようにがんじがらめにした。

疲れ切って猫背になろうとした時だった。


「あっ、E子だ」


背後から学生らしき声がして、ビクリと膠着した。

鎖付きの首輪を引っ張り上げられたように仰け反り、慌てて姿勢を立て直す。

背筋に冷たい汗が伝う。


「きゃー!こっち向いて!」


笑わなきゃ、


「あれ?なんか今日機嫌悪い?」



ーー笑わなきゃ。


「おーい」



ーーはっ


「目、覚めた?」


そこはいつもの天井だった。


疲れたら休んでいいんだよ?



これは双子の弟。


桃は気付かれないようにほっとしたため息をひとつこぼして、ぽつりと素直な気持ちを吐露した。



「疲れるね、いい人って。

悪気はないんだろうけど、360°完璧な人なんかいないのに。

私だって辛い時や機嫌が悪い日も、笑いたくない日もある」


「でもその代償に一定の地位も金も得てるわけじゃん?仕方ないっしょ。

何かを得るには何かを失わないといけないんだよ。」


「そうかもしんないけど……さ。

もっと楽なやり方もあったかもって思っちゃう。

なんかいるじゃん、オラオラ系っていうか、クリーンで売ってない系の人。」


「そっちはそっちで中傷とかも無視せず面白くかわせるスキルとかメンタルがいりそう。

あと企業案件とかが難しくなるんじゃない。成長すれば成長するほど、さ」


「あーなるほどね。やっぱみんなそれなりに苦労してんだ。


……でもさーーー」



声が震えていることに気付いて思わずE子の顔を見ると、急にぼろぼろと泣き出していたものだから、流石に焦った。

どうしたのと尋ねると、震えながらハイソックスをずらして見せた。

そこにはおびただしい数の赤い斑点が認められた。


えーーこれ、


「殺せなくなっちゃったの……蚊。」


彼女は怯えていた。

自分の行動一つどこかで誰かに見られていて、晒されて咎められる夢ばかり見ていた。


「アイドルなのにこれじゃあ素足出せなくなる。明日撮影なのに。

どうしたらいいの……」


E子は半狂乱になり、自分の体を抱き締めるようなポーズでぶるぶると震え出した。


僕は耳を塞ぎながら地面に蹲る彼女の全身を隠すように毛布で包み込み、大丈夫だよと安心させるように優しい言葉をかけてあげた。


どうやら彼女は開放的な空間が特に苦手らしかった。

少しずつ彼女のまわりの空間を埋めるという意味でと応急処置としてこの方法が有効だと気付いたのは最近の事だが、しっかり覆わないと彼女は隙間から光を連想し、光から人目を連想して過呼吸を起こしてしまう。

だから僕は彼女がパニックに陥った時はいつもこうして毛布を被せ、彼女を落ち着かせるよう努めた。

だが最近、そんなフォローにも限界を感じ始めていた。

元々彼女が皆から注目される職業なだけあって、実際に見られることが多いのは紛れもない事実で、それは当然悪意や妬み、モラルの欠けたの視線の場合もあった。

例えば週刊誌。

この異変に気付かれるのはおそらくもう時間の問題だろう。


ーー



あれからどれくらい経っただろう。

結局僕は、アイドルを監禁した罪で逮捕されてしまった。


トップアイドルと殺人犯。

真逆とも言える社会的地位の上と下を兄弟で埋めてしまった現状はまるでシーソーのようだ。


だけど実際、僕が犯罪者になった事を失った事とした場合、得た物もあるはずだ。

以前彼女と話した時のように。

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金平糖 @konpe1tou

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