第15話


 声のほうへ視線を向けると、琴音ちゃんがいた。


「あ……琴ちゃん」

「やっと見つけた」


 琴音ちゃんは一度私を一瞥してから、歩果ちゃんへ視線を戻した。


「こんなとこで、なにしてんの」

「えっと……」


 歩果ちゃんは琴音ちゃんを前にしてやっぱり怖気付いたのか、私の手をぎゅっと握ったまま黙り込んでいる。

 私は歩果ちゃんを見て、微笑む。


「……大丈夫。さっき、私に言ったことをそのまま琴音ちゃんに言えばいいんだよ」


 琴音ちゃんは額にうっすらと汗をかいていた。

 髪も乱れているし、きっと、あちこち回って歩果ちゃんを探していたんだろう。

 そんな子が、歩果ちゃんの気持ちを聞いていやになるはずがない。


「……なんで榛名さんといるの?」

「あ……私、ひとりで宣伝するの怖くて、交代のとき一緒にいた水波ちゃんに頼んだの」


 歩果ちゃんは萎縮した様子で、小さく答えた。


「……なんで」

 琴音ちゃんはどこか悔しそうに私を見た。


「なんで私に言わなかったのよ。しかもなんでこの子なの? 歩果には私がいるじゃん! 私とはもう友達じゃないってこと!?」

「ち、違うよっ! そんなこと思ってない! ……けど、琴ちゃん教室でもずっと私のこと無視してたし……それに琴ちゃんだって、私のこと放ったらかしで女バスの子たちと一緒にいたじゃん!」

「それは……」


 琴音ちゃんの目が泳ぐ。


「……だって、歩果があんなこと言うから……」

「私が悪いの!? そもそも先に約束を破ったのは琴ちゃんのほうなのに!」

「だから謝ったでしょ! いつまでぐだぐだ言ってるのよ!」

「ちょっ……」


 私はおろおろしながら、言い合いするふたりの仲裁に入る。

「ふたりとも落ち着いて……とりあえずちゃんと話し合おうよ」


 よくドラマで聞くようなセリフを言ってしまった。しかも、カタコトで。


 ……情けない。

 仲直りをしたほうがいいと言ったのは私なのに、こんなときに私は気の利いたことをなにも言えない。

 そして、ふたりの喧嘩も止まらない。


「私は必死に歩果のこと探してたのに! 歩果は榛名さんと呑気に買い食い!? 信じらんないんだけど!」

「……それ、は……」


 歩果ちゃんはとうとうしゅんとして、俯いてしまった。


 小さな身体がさらに小さくなる。今にも泣きそうな横顔が見えて、私は思わず、歩果ちゃんの手をきゅっと握り返した。


「……あの、私が出しゃばることじゃないかもしれないけど」

「歩果ちゃんは、ずっと琴音ちゃんのこと考えてたよ」


 ふたりの視線が、私に向く。


「榛名さん?」

「……いきなりごめん。私部外者だけど、歩果ちゃんから少し話聞いちゃったんだ。それで思ったの。琴音ちゃんはさっき、いつまでぐだぐた言ってるのって言ったけど……歩果ちゃんは琴音ちゃんに怒ってるんじゃないと思うよ」

「え?」

「きっと、寂しかったんだよ」

「寂しかった……?」


 琴音ちゃんは戸惑いがちに、私と歩果ちゃんを交互に見つめた。


「琴音ちゃんも、歩果ちゃんと私がいるところを見て、なんでって思っただろうけど……でもそれも、歩果ちゃんを大切に思っているからこそであって、歩果ちゃんに怒っているからじゃないでしょ? ふたりとも寂しかったんだよね。じぶんにとってすごく大切な友達が、急に他人に取られちゃったような気がして。ね、歩果ちゃん」

「うん……私……本当はずっと、琴ちゃんと仲直りしたかった。今日も、本当は琴ちゃんと一緒に回りたかった。……意地張ってごめんなさい」

「歩果……」


 琴音ちゃんは小さく首を振り、歩果ちゃんへ歩み寄る。


「ごめん、歩果……私、バスケ部のみんなが歩果と話したいって言ってたから、私も私の友達を紹介したくて……歩果の気持ちも考えずに勝手なことした。歩果が人見知りなのは知ってたのに……私こそ、ごめん」


 そう言って、ふたりはちょっと恥ずかしそうに微笑み合った。

 無事仲直りして笑うふたりを見て、私もどこか、心が軽くなったような気がした。



 その後、私はお祭りの喧騒から切り離された中庭にいた。

 噴水の縁に腰を下ろして、自販機で買ったトマトジュースを開ける。

 ストローを咥えたまま空を見上げると、抜けるような青空が見えた。視線を落とし、遠くから聞こえてくる賑やかな音に耳を傾ける。


 歩果ちゃんと琴音ちゃんを見て、思い出したことがある。


 二年前のあの日、私は来未と喧嘩をした。喧嘩と言っても、今日のふたりみたいな感じで、無視し合っていたのだ。

 なにかのきっかけで来未が私を無視し始めて、それで私も怒って、来未を無視した。


 あのとき来未は、フェリーからひとりで出て行ってしまって……残された私はどうしたんだっけ……?


 どこかにあるであろう記憶を探しているときだった。


「やぁ」


 突然頭上から声が降ってきて、その声に弾かれたように顔を上げる。


「え……あ、綺瀬くん!?」


 目の前に、綺瀬くんがいた。

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